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三年目の同窓会

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「そこが、長老の言っていた時間の感覚に作用されるような気がするんだ。すべては気のせいなのかも知れないけどね」
 そう言われた時に感じたのが、店の調度が、急に暗くなったことだった。
 慣れてくるはずの目が慣れてこない。知っているはずの店の端に何があるかということも見えなければ、想像することすらできなくなっていた。
 長老の魂の成せる業ではないかとさえ思えた。
「長老は、自分の死を予感できたんでしょうか?」
「そうですね、できたかも知れませんね。でも、長老は時間の操作については話をしていたけど、予感めいたことの話をしていたわけではないからね」
「まさか、時間を操作することで、してはいけない何かに触れてしまったということは考えられませんか?」
「想像するのはいくらでもできる。でも、あくまでも想像でしかない」
 と言われた時、店の調度が暗くなり、見えていたものが見えなくなった。その思いが、亜由子と一緒にやってきた店にも感じられた。何かの虫の知らせのようなものがあったのかも知れない。
「じっと座っていても、埒があかない」
 と、さすがに痺れを切らした川崎が、最初に切り出した。
「ママさんは、坂出俊文という男性をご存じですか?」
 一瞬手が止まったが、焦っている様子も、困っている様子もなかった。
「知っていますよ。彼はよく通ってくれましたからね」
「実は、この娘が、坂出の妹なんですが、お兄さんを探しているんです。何か心当たりがあれば、教えてあげてほしいんだけど」
 ママは、亜由子を見つめた。見つめながら、手は目の前にあるタバコケースに伸び、一本取り出して、ライターで火をつけた。
 一服して落ち着いたのか。
「そう、彼、おうちに帰ったんじゃないの」
 その言葉を聞いた時、坂出とママの関係が深いものであったことを直感した。しかし、それも過去の話で、すでにここにはいないということを、短い言葉ではあったが、表していたのだ。
 ママの言い方は、いかにも面倒臭そうな言い方で、タバコを咥えたのは、蓮っ葉な女というイメージを相手に植え付けようとでもしているようだった。夜の世界を知らない人間に対して取る蓮っ葉な態度は、
「舐められたくない」
 という思いと、昼の世界の眩しさへの当てつけのようなものがあるに違いない。
 川崎は、男ということもあって、ママの考えが見えていたが、亜由子は、最初から臆していたこともあって、完全にママの雰囲気に飲まれていた。主導権を川崎が握らないと、押し切られてしまう可能性がある。
「それが、帰ってきていないんですよ」
 川崎が落ち着いて返答すると、ママの視線は、川崎と亜由子の間を行ったり来たりしている。
――この二人はどういう関係なんだろう?
 という目で見ているのは明らかで、怯えしか見えてこない亜由子を見ると、たぶん、二人が恋仲ではないことだけは分かっているであろう。
 すると、次に思うのは、
「何のゆかりがあって、この男性が坂出を探しているのかが分からない」
 ということだろう。普通の友達なら、そこまでする人はなかなかいない。よほど、探している人が人望の厚い人であれば、ありえることだろうが、ママの訝しげな表情を見ている限り、普通の友達が探してくれるほど、坂出という男の人望が厚いとは、思っていないに違いない。
 スナックのママをしているのだから、海千山千で人と付き合ってきたであろうし、人を見る目もそれなりについているに違いない。
 ただ、ママを見ていると、わざと面倒臭そうにしているようにも見える。本当に面倒臭い気持ちはあるに違いないが、坂出のことが、本当に好きだったとすれば、いなくなったその人を誰かが訪ねてきたとすれば、面倒臭い気持ちになるのも分からなくはない。
 坂出という男が、スナックのママとねんごろになるなど、今まで見ていた坂出からは想像もつかない。高校時代の彼は、明らかに純愛に憧れていた。大人の世界を垣間見ることすら嫌いで、
「もし、大人になって風俗に誘われたら、俺は行かない」
 と、ハッキリ言いきった男だったのだ。
 川崎などは、もしそう思ったとしても、ハッキリ言いきる自信はない。学生時代と社会に出てからの自分が遥かに違った考えを持っているかも知れないと感じたからだ。
 だが、坂出が社会に出てからは、会社の先輩が風俗に連れて行ってくれると言われると、断ることはなかったという。何が彼をそんな風に変えたのか疑問であるが、彼の基本的な考えをしては、
「自分にウソをつきたくない」
 というものだった。信条だと言ってもいい。よくよく聞いてみると、どこか言い訳に聞こえてきそうだが、最初から坂出の気持ちの中に密かに埋まっていたものに違いない。
 川崎は、この店に亜由子と一緒に来ると決めてから、下準備のつもりで、坂出の社会人として、どういう考えでいたかを探ってみた。

              第三章 秘密

 彼が勤めていた会社に聞いてみたが、あまり評判はよくなかった。やめる時もいきなりで、理由もハッキリとしないものだったという。
「女絡みだということは分かってはいたけど、まさかスナックのママとは思わなかったですね。もし彼が夜の女性と行方不明になったと聞けば、最初に思い浮かぶのが、風俗嬢じゃないかな?」
 と言っていた。
「どうしてそう思うんですか?」
「あいつが、夜の女性といる時と、昼間会社にいる時とでは、まったく正反対なんだよ。だから、思い切った行動を取るなら、風俗嬢だと思ったんだ。彼は確かに同情深いところがあるけど、同情だけでは動かない。きっとそれに身体がついてこないとダメだと思う。彼はスナックのママだと同情だけが先に進んで、言い訳を思いつかないかも知れないからね」
「彼は言い訳をともにしないと動かない?」
「そんなところもある。あまり計算は得意ではないのだろうが、その割りに、打算的なところがありそうだ」
 打算的なところがあるのは、高校時代から分かっていた。だが、それは、
「捕らぬ狸の皮算用」
 のようなところで、人との駆け引きは苦手だと思っていた。それが社会人になると、嫌でも人との駆け引きをするようになるのではないかと思うと、川崎は、坂出の同僚との話が次第に嫌になってきた。
 坂出は、会社で本当の自分を表に出すことを嫌っているようだ。確かに女性にだらしがないようなところがあるが、決して打算的なところはない。
「俺はいつも自分に素直でいたいんだ」
 と言っていたその言葉にウソはないだろう。
 会社の同僚の話は、当てにならないと思って間違いないだろう。話をした人がたまたま性格の悪い人だったわけではなく、会社の中で同僚に対してだけ、あまりいい印象を与えていなかったのは、夜の世界での自分を、まわりに欺かせるためのものだったに違いない。
 スナックの中で、ママさんと話をしていると、
――こんな店、二度と来るもんか――
 という思いを抱かせる。それはまるで坂出が会社の同僚を欺いている時と似ているように思えるのだ。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次