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三年目の同窓会

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 ということに、考えが落ち着いたように思う。
 躁鬱症でも、まだ進行していない亜由子が落ち着くのを待って、川崎と亜由子は、日記に書かれているスナックを訪れることにした。
「あまり考えすぎないようにしないといけないよ」
 と、亜由子に語り掛けると、
「ええ、ありがとうございます。川崎さんにそう言ってもらえると、元気になれるんですよ」
 と、満面の笑みを浮かべた表情を見た時、川崎は安心した。
――亜由子は、どうやら、ちゃんと分かっているようだ――
 余計なことを考えないことが一番だということを分かっているのだ。ただ、分かっていてもなかなかうまく行かないのは、
「理解者が、自分以外にはいないんだ」
 と思っているからである。
 川崎が、背中を押してあげることで、気が楽になる。安心感を与えてあげられたことに、川崎も満足できる。ここからがスタートだった。
 亜由子には、今まで理解者がいた。それが坂出だったに違いない。理解者である坂出がいなくなったことで、少なからずの情緒不安定に陥ったのも分かる気がするが、
――本当にそれだけなのだろうか?
 という思いが、川崎の頭を過ぎった。
 確かに亜由子と坂出の兄妹は、川崎から見て、本当に仲のいい兄妹だった。
 それはただ仲がいいというだけではなく、お互いに欠けているところを補い合えるようなそんな仲である。ある意味、
「二人を夫婦にしてみたい」
 と、思えるほどの仲で、ただ、川崎はすぐに考えを否定した。それは自分が亜由子に対して抱き始めた恋心が邪魔するからで、
「また余計なことを考えてしまった」
 と、自分の悪いくせを後悔したのだった。
「お前はいつも一言多いんだよ」
 と、よく言われてることを思い出してしまった。
 ただ、すぐに忠告してくれる坂出から言われたことがないのは不思議だった。だが、よく考えてみると、坂出も同じように、いつも一言多いところがあるからだった。
 そのセリフを最初に坂出に言ったのは、何を隠そう、川崎本人だった。悪気があったわけではなく、ただの忠告のつもりだった。
 だが、まさか自分にも同じ悪いくせがあるなど、その時は分からなかった。
「自分のことが一番分からないものさ」
 と、確か坂出にそう言われたのを思い出したが、その時は、自分という言葉を、坂出本人だと思ったことで、坂出の言い訳のようなものだと思っていた。
 だが、よく考えてみると、自分という言葉が示す先が、川崎だと思えば、何とも恥かしいことだ。自分のことも分からずに、鼻高々のように、人に忠告するなど、愚の骨頂ではないだろうか。
 そのおかげで、今では一言多いという性格が自分の代名詞でもあるかのように自覚していた。
 決していいことではないだろう。だが、あまり致命的なくせだとも思っていない。治そうという思いはさほどなかった。ひょっとしたら、長所に繋がってくるものかも知れないと思ったからだ。
「長所は短所の裏返し」
 だと言われるが、そう思うと、躁鬱症の躁状態と鬱状態の背中合わせの関係を思い出した。
――ここに繋がってくるのか――
 確かに余計なことを考えすぎるのはよくないことなのかも知れないが、考え方によっては、違う意味でいい方向に向かうこともある。考えが繋がって、輪を作ることだってあるのだ。そう思うと、
「結局、考えることはやめられないんだ」
 と思うようになった。繋がった考えが輪を描く、堂々巡りも悪いことばかりではないに違いない。
 日記に書かれていたスナックは、思ったよりこじんまりとしていて、住宅街のはずれにあり、知らない人は、通りすぎてしまうだろう。最初に一人で入るなど考えにくく、誰かと一緒だったと考える方が自然である。
 住宅街には、以前友達が住んでいたが、今は知っている人もいない。夕方になるのを待って、待ち合わせをした亜由子を伴って住宅街に入ってくると、訪れた夜のとばりのその向こうを、しばし見つめている亜由子に、兄の姿が写っているのかどうか、分からなかった。
「この住宅街のはずれの、スナックの反対側の路地に喫茶店があって、私はそこによく行ってたんですよ」
 と、亜由子は話した。
「俺も、この住宅街に住んでいた友達がいて、一緒に近くの喫茶店に行ったことがあったので、同じところを話しているのかも知れないね」
 そんなにたくさん、一つの住宅街の近くに喫茶店があるとは思えないことから、きっと同じ店の話をしているのだろう。
 喫茶店には、確か坂出も一緒に行ったことがあったような気がした。その時、二人はほとんど話をすることもなく、お互いに雑誌やマンガを見ていたような気がした。マンガを見ていたのは川崎で、雑誌を見ていたのは坂出だった。
 坂出はマンガをほとんど見たことがないという。
「ビジュアルがあれば、想像力が薄れてしまうから、俺はあまりマンガを見ないんだ。マンガを見るくらいなら、雑誌や新聞を読むよ」
 と言っていたが、川崎の考えは違っていた。
「何かを想像するにしても、まずは想像するための材料が必要になるだろう? それが俺にとってはマンガだったり、ドラマだったり、映画だったりするんだ。だから、映像をおろそかにしたくないという気持ちが強いんだ」
「俺もその考えは分かる。俺だって、最初からマンガを見たことがないとか、ドラマを見たことがないというわけではない。ただ、あまり余計なことを詰め込むと、必要以上に想像してしまい、実際に見た時、判断を見誤ることになりかねないと思うので、あまりたくさんを見ないようにしているんだ」
 喫茶店では、二人は対照的だ。
 お互いに喫茶店に一人で入ることに抵抗はない。
 喫茶店に入ると、まず本を読んだり、考え事をすることが多い坂出だったが。川崎は、まわりの人と話をする方が好きだった。お互いにそれぞれ常連となっている店を持っているが、それぞれ、客の中に、無視することのできない常連がいることに気付く。違う人を見て、川崎は坂出を、坂出は川崎を見ているような気になってくる。
 川崎が坂出と似た人が喫茶店にいると、声を掛けることができない。坂出自身、人と話すことが苦手で、何とか川崎とは会話が繋がっているが、いくら雰囲気が似ているからといって、まったく違う人間と話をするだけの話題は、持ち合わせていなかった。
 坂出が、自分から他の客に話しかけることもないだろう。また店の人から声を掛けられたとしても、会話が続くとは想像できず、誰か一人でも仲介してくれる人がいなければ、会話は成立しない。その仲介役が今まで川崎だったのだ。
――川崎からも、妹の亜由子からも離れてしまい、坂出はどこに行こうというのだろうか?
 坂出の中にある寂しさは、誰にも分かってもらえるものではない。分かるとすれば、川崎か、妹の亜由子だけだろう。だが、本当に知られたくない相手は妹の亜由子で、その次が川崎だというのも、実に皮肉なことだったのだ。
 坂出は、最近、体調不良を訴えていたという。頭痛が定期的に起こっていて、腰痛や肩痛が頻繁に起こっているという。痛みは一日もすれば取れるが、二日と開けず、また痛みがぶり返してくる方が、余計に疲れを身体自体が訴えているように思えてならないのだった。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次