短編集49(過去作品)
髪の毛が生えるのは早い方だった。すぐに鬱陶しくなり、散髪は一月も持たないほど頻繁であった。
髪の毛が生えるのが早いのは、あまり気にしていなかった。元々男っぽい性格でもなかったので、少しくらいの女性っぽさを人に指摘されても気にしていなかった。しかし、髭が生えてこないことは少し気になった。
確かに病気だったからというのもあるのだろうが、一週間で濃い髭が生えないのはおかしなことだ。思い切って医者に相談してみた。
「それは気にしなくてもいいよ。病気の影響だったんだからね。そのうちに結構濃い髭が生えてくるんじゃないかな? それを剃ると、さらに濃い髭が生えてくる。あまり髭が濃く生えてくるようだったら、抜く方がいいかも知れないね」
と先生は笑っていた。
それが本当に適切な診断だったかどうか分からないが、少なくとも安心できたことには違いない。
先生のいうとおり、しばらくすると、髭が濃く生えてくるようになった。
それは病気も治ってから半年くらい経ってからで、髭に対してちょうど意識がなくなってきていたそんな時期だった。
髪の毛が多いことを退院してから気になるようになっていたが、それは寝癖が治らなかったからだ。散髪に行って理容師さんに話を聞いてみると、
「八代さんの髪の毛は結構太くて固いんですよ。それだけに寝癖もつきやすいんですよね。しかも髪の毛が生えるのが早いわりに、抜ける量も結構多い。時々しっかり手入れをした方がいいかも知れませんね」
と助言をしてくれた。
髪の毛と髭とがどれほど密接な関係かということはあまり知らないが、髪の毛を意識し始めると、今度は髭のことを忘れてしまっていたのだった。
髭が剛毛になって生えてきたのは、髪の毛への関心が薄れてきてからのことだった。
――本当に面白いものだ――
意識しているわけではないのに、どうしてなのか、これも身体の不思議の一つなのだろう。
親から言われるようになっていた。
「あなた、ちゃんと髭を剃らないといけないわよ」
どちらかというと八代は面倒くさがりやで、しかももっと悪いことに、自分が意識していたことを人から言われてしまうと、意地でもしたくない性格だった。
親から言われることは特にそうで、小さい頃から小言の多い母親に対して、意地になっていた。
――大したことでもないのに、ネチネチと――
同じことを何度も言われる。一度言えば分かっているのに、ちゃんとしているのを確認しないで、ただ叱ることすらあった。
母親のそんな性格は分からないでもない。おっちょこちょいなのは、八代も同じであった。焦らなくてもいいところで焦ってしまう。それはきっと母親の遺伝によるものなのだろう。それが嫌で嫌でたまらなかった。
細かいことを気にするのであれば、ちゃんとしっかりとした目を持たなければならない。それができないことに苛立ちを覚えるようになったのは、中学になってからだっただろうか。母親の影響だと気付き始めてからだった。
――お母さんにも何かコンプレックスがあるのかも知れない――
コンプレックスを感じるようになると、まわりが見えてくるように思えてきたのは、偶然であろうか。
――いや、逆なのかも知れない。まわりが見えるようになってきたから、自分を顧みて、コンプレックスを感じるようになったのかも知れない――
当たらずとも遠からじであろう。
男性と女性でコンプレックスの感じ方は違うだろう。女性の場合は、まず必ず他人の目を気にする。男性も同じであるが、それ以上に、まわりと比較してしまう。どちらの比率が高いかは分からない。女性にしてもそうだろうが、最終的には他人の目を気にするのが女性であろう。
女性は一般的にナルシストである。
八代も自分のことをどちらかといえばナルシストだと思っている。しかし、それは女性と違って周りの目を意識するナルシストではなく、自分の世界に入り込んでしまう方のナルシストではないだろうか。
八代は母親の気持ちがよく分かる時がある。嫌味を言われている時は反発した気持ちになるのだが、すぐに母親の気持ちになっている自分に気付くことがあるのだ。
すぐに意地を張ってしまい、しかも天邪鬼の八代は、母親から指摘されたことを意地でもしたくなかった。髭を剃ってスッキリとしたいという意識はあるのだが、次第にそれも嫌な気がしていた。
「お父さんに言うわよ」
これも母親の口癖だった。
――自分の意見はないんかい――
と言いたいところである。
父親に言われると、萎縮してしまうのは、母親もそうなのだが、八代も同じだった。母親のことだけをいうわけにはいかない。
八代家では父親の威厳は絶大だった。父親の威厳などという言葉が忘れかけられているようなこの時代に、これほど父親を恐れていた家庭なんてないかも知れない。
八代も母親もそのことは分かっている。分かっているからこそ自分が情けなくなることもある。母親にも誰にも言えないストレスのようなものがあるかも知れない。
しかし、子供としては父親の威厳を盾にされてはたまらない。さらに意地を張ってしまうだけのことだった。
八代は髭剃りを使ったことがない。髭剃りを最初の頃は使ったが、まだその頃は産毛のようなものだった。産毛のようなものをいくら髭剃りで剃ったって、綺麗に剃れるわけがない。
「俺の髭は柔らかいので、髭剃りでは剃れないんだ」
と母親に言っても、
「言い訳はいいから、ちゃんと綺麗にしなさい。お父さんに言うわよ」
と最後はいつものセリフで締められてしまう。
――そんなこと言われても――
要するに母親には、自分の意見がないのだ。確固とした意見がないから結局は納得させることができない。説得力に欠けるのだ。
八代は、髭を剃ることができず、結局抜くことを選択した。
髭抜きは薬局に行けばセットで売っている。さっそく買ってきて、鏡を見ながら試してみた。
最初は鏡を見ながら抜いていたが、それではなかなか思ったように抜くことができない。指で顎を触りながら髭抜きを当てると、最初はなかなか掴むことができなかったが、次第に挟んで引っ張ると、スッと抜けていく髭があった。
――どうやらコツがいるようだ。何とかコツを掴むこともできたようだ――
髭を数本抜いていくうちに、心地よさを感じるようになっていた。電気製品を購入した時、箱の中での揺れや衝撃に耐えられるように小さな無数の丸に空気が入ったビニールを撒きつけているが、それを思い出した。
まるでタコの吸盤のような丸い空気の入った部分は、後になってそれを潰していく時に快感を感じたことのある人は、かなりたくさんいるだろう。まさしく髭を抜く時の感覚は、ビニールでできたタコの吸盤を潰す時の快感に似ているのだ。
タコの吸盤つぶしも髭抜きにも共通しているのは、時間を感じないということである。余裕を持ちすぎると時間が経ちすぎてしまうところで、気をつけなければいけないことだった。
特に髭を抜く時というのは、朝の慌ただしい時間帯に少し余裕を持たなければできないだろう。一本一本丁寧に抜いていると、時間がいくらあっても足りない。
髭を抜くことを覚えてからの八代は、朝二十分早起きするようになった。
作品名:短編集49(過去作品) 作家名:森本晃次