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短編集49(過去作品)

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 自分の願望が見せる幻は何もオアシスだけではない。他にもあるだろうと、思っている。オアシスの夢を見るというのも、ほかにもある願望が見せるであろう幻を探しているからかも知れない。別にそれはオアシスでなくてもいいのだ。ただ実感として頭に浮かぶものがオアシスなだけである。
 そんな時にできたのが隣の洋服屋だった。
 それまで和服ばかりを意識してきた雅夫少年にとっては、洋服屋の出現はセンセーショナルなものであったに違いない。
 洋服屋のショウウインドウに掛かっている服は一週間一度ずつくらいに変わっている。
――売れちゃったのかしら――
 と母親は考えたが、それにしても回転が早すぎる気がした。一度ショウウインドウの値札を見てみたが、いくら和服好みの母親とはいえ、高価すぎるほどの値札に比べ、商品がそれに本当に似合っているかは分かっているはずだ。
――まるで買い手がつかないようにしているみたい――
 と感じるほどの値札だった。母親からすれば一桁間隔が違っているほどである。
 だが、雅夫社少年の考えは少し違う。洋服の価値も、本当の貨幣価値もほとんど知らない子供にとっては、売れてしまったとしか思えない。確かに高そうなものが並んでいる。それなりに装飾して、ウインドウの中も煌びやかにしている。子供心に、
――高そうなものだな――
 と感じるのも当然のことである。
 母親が見ているのは、一定の時間だけである。雅夫少年がショウウインドウを見つめている時間は母親が考えているよりもかなり長いだろう。
――誰が買いに来るのか、見届けてやる――
 これがショウウインドウに魅入られてしまった最初であった。
 少しでも瞬きをすれば、その間に売れてしまうかも知れないとまで思えてならなくなると、もう目が離せなくなってしまう。トイレに行くのも忘れるくらいで、尿意すら日常生活の中で、支障を来たすものではない気がしてくる。
 あれだけ和服にしか興味を示さなかったのが、反動であるかのように、洋服に魅入られてしまった。洋服に魅入られたというよりも、洋服自体ではなく、それをどんな女性が着るのか、そして、着飾った姿がどのようになるのかが興味深いのだった。
 大人でも洋服を見慣れていると、和服の女性に興味を抱くことがある。その場合、エロチックな想像をしてしまう人が多いことを、母親は分かっているが、雅夫少年がどうだろう?
「お客さんの中には、私やあなたよりも、和服自体に触りたがるお客さんもいるみたいだから」
 と女将さんが話していたのを思い出した。そのことは母親も気付いていて、そんな視線の男性であってもお客さん、嫌な顔などできようはずがない。
 女将さんはさすがに心得たもの、店を開くまではどこかのスナックで働いていたらしい。その時も和風スナックだったらしく、ほとんどが和服である。店を開いてからの常連さんの中には、スナックの時からの常連がいると、女将さんは話していた。
 和服というのは、母親にとっても特別だった。結婚前にはほとんど和服など着たこともなかったらしいが、結婚してから着るようになった。父親が和服が好きだからだそうだ。
 和服好きの男性を惹きつける魅力が母親にはあるのだろうが、子供の雅夫にはそこまで分かろうはずもなかった。
 雅夫少年が見ている服を、ずっと見ている女性がいる。母親が一階から見ている時に発見した。
 その女性の視線も尋常ではない。洋服を見ているので、横顔しか見えないが、その表情はまったくの無表情である。
――ここまで人間って無表情になれるものなのかしら――
 と思えるほどで、少なくとも、興味のあるものを見ているのだから、もう少し惹きつけられるような目で見ていてもいいはずである。
 惹きつけられるというよりも、身体自体が今にもつんのめりそうで、ガラスの中に入っていくのではないかと思えるほど、腰が曲がって見えている。無表情なだけに、その光景は気持ち悪く感じられる。
――上から見ている雅夫には、どんな風に写っているのかしら――
 雅夫少年は、ひょっとしてショウウインドウを見ていて、女性を見ていないのかも知れない。
 いや、逆に洋服よりも女性の存在だけしか見えていないのではないかという気もしてくる。
 どちらとも言えないと思いながら、あらぬ方向を見ている雅夫少年を気にしていると、今までショウウインドウを見ていた女性は、すでにどこかに消えていた。
――あれだけ高ければ誰も買わないわね――
 と感じながら、母親はその日も小料理屋に出かける。
 すると、その日は常連の男性客が、母親よりも早くやってきていて、女将さんを正面に一人でちびちびやっていた。
 彼の職業は刑事、よほど大きな事件でもなければそれほど忙しくないようで、少なくとも捜査一課でないことは分かっていた。
「あまりお客さんのことを詮索してはいけないわよ」
 当たり前のことだが、最初雇われた時に女将さんから注意を受けていたのを思い出していた。
――そんなことは当たり前だわ――
 と思いながら、素直に返事を返したものだ。
「最近、おかしな事件が多いんだ」
 客の刑事は焼酎に、煮込みといつもの定番メニューに舌鼓を打ちながら話していた。その姿はサラリーマンが上司の愚痴を言いながら呑んでいる姿と変わりなく、背筋を曲げて、両肘をついていた。身体が大きいこともあって、カウンターも少し低めに作ってあるので、それもいたし方ないだろう。大の大人が背中を屈めて飲んでいる姿は、後ろから見ていると哀愁を誘う。人によっては、本気で惚れてしまうかも知れないと思い、思わずハッとすることもあるが、すぐに我に返って思い直すのだった。
――何考えてるのかしら。私って――
 一人で苦笑して、あたりを見渡すが、それに気付く人もおらず、一安心であった。これくらいのことは呑み屋では大したことではないのだろう。
「おかしな事件って、どんなのですの?」
 女将さんが水を向ける。
「失踪事件なんだけど、決まって火曜日なんだ。それも女性ばかり。誰かに誘拐されたとは思えないし、第一失踪する理由がないんだ」
 そういうと、また手に持ったコップを口に持っていき、おいしそうに喉を鳴らしながら焼酎を流し込んでいた。
「どうして誘拐ではないって分かるんですか?」
「身代金を要求もしてこないし、失踪した彼女たちに共通性がまるでないんだ。知り合いというわけではないし、どうしてなのか分からない」
 身代金目的でないとすれば、性的欲求を満たすためのものかも知れない。しかしそれであれば、もっと恐ろしいことになる。
 性的欲求を満たしたいと考えている人の神経は尋常ではないと考えてもいいだろう。精神異常者か、異常性欲の持ち主か。そんな人間たちであれば。ある意味共通した女性を狙いそうだが、刑事さんの話では共通性がないという。きっと警察でも共通性がないだけに捜査に難航しているに違いない。
「それは困ったことですわね」
 女将さんが煮込みを作りながら相槌を打っている。
「そうなんだ。しかもこの話が尋常でないことは、少しオカルトっぽさを含んでいるところからも来ている」
「オカルト?」
作品名:短編集49(過去作品) 作家名:森本晃次