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短編集49(過去作品)

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 今度は母親が反応した。それまではすべて女将さんの反応だっただけに、刑事さんも女将さんも両方ビックリしたように母親を見つめた。
 母親も声に出してしまった手前、視線がきてしまったことでどうしようか戸惑ったが、
表情を変えることをしなかった。それを見て刑事さんも思わず声を上げてしまったことに対して気にしてはいけないと感じたのか、普通に話を続けた。
「ええ、そうなんだよ。失踪した女性たちが、忘れた頃にフラッと、舞い戻って来ているんだ」
 それには女性二人ともビックリしていた。
「死体で発見された」
 という結末を九分九厘予想していて、その答えが出てきてもビックリしないように気持ちに整理をつけていただけに、拍子抜けしたようでもあり、安心したようでもあり、何しろ予想もしなかった答えだけに、どうリアクションしていいか分からなかった。
 だからこそ刑事さんが、
「オカルトっぽい」
 という表現で、何とか導き出された話に戸惑いを少なくしようと思ったのだが、どこまで効果があっただろうか。
 しかし不思議なことに、最初はビックリしたのだが、答えが返ってきて、それを理解しようと考えているうちに、
――最初からその答えもありではないか――
 と思っていたように感じられてくるのだ。
 それは二人ともに共通して言えることで、思わず答えを聞いて顔を見合わせた二人だったが、アイコンタクトがその瞬間にばっちり合っていたかのように、お互いの気持ちが手に取るように分かった気がした。
「確かに不思議ですわね」
 女将さんが先に答えた。
「不思議だろう? しかもその女性たちは、自分が失踪していたという意識がないんだ。というよりも、精神分裂症のようなものに掛かっていて、それ以前の記憶が消えてしまっているんだ」
「それは確かにオカルトっぽいですね。記憶は誰かに消されたのかしら」
「そんなバカなことはないと思うんだけど、いろいろ話をしていたり、実地検証などでいろいろ歩き回ってみると、どうやら、ある種の色を見ると、過敏な反応を示すみたいなんですね」
「どんな色なんですか?」
「それも人によって違うんですよ。赤や青といった単色のものに反応する人もいるし、中にはグラデーションのように模様から反応する人もいる。実に不思議ですね」
 女将さんが考えて、少し会話に間があったが、
「そういえば、精神科の病院などにいけば、よく色を使った実験や、治療法があると聞きますが、彼女たちは、そういうところに行っていたんじゃありませんか?」
 刑事さんは答える。
「我々もそう思って、いろいろ病院を当たってみたんですが、それらしいところはありません。もちろん、表に出ているだけではなく、病院というのは、いろいろ噂もあるところがありますから、そのあたりも注意して調べたんですが、結局目新しい情報は得られませんでしたね」
 その答えは十分予測できた。母親は話を聞きながら頷いているだけだったが、頭の中では違うことを考えていた。
「彼女たちの表情はどんな感じなんですか?」
 考えを一点に搾って聞いてみた。
「それなんですよね。彼女たち、すべてが無表情なんですよ。顔の筋肉の動かし方を忘れたんじゃないかと思うほどね。確かに記憶喪失の人は皆さんにも言えることなんですが、あそこまで無表情だと、事情聴取しているこちらとしても、精神的におかしくなってしまわないかと危惧するくらいです」
――やはり――
 母親は、ショウウインドウを覗いている女性の表情を思い出した。彼女たちの表情は初めて見るものに違いないが、まったく想像できないものではない。何かのシチュエーションで見ることができると思っていたからだ。
 ただ、それがどういうシチュエーションか分からない。記憶喪失状態であったと考えれば、今までの疑問は解決するようにも思えた。
――彼女たちは一体どこに行っていたのかしら――
 という疑問が残るが、それと同時に、
――どこにも行かず、ただ時間を飛び越えただけなのかも――
 という飛躍しすぎた発想をしてしまった自分を普段なら苦笑いしそうなのだが、その日はすべてが真面目な発想に思えてならない。
――タイムスリップ――
 言葉だけは聞いたことがあるが、それがタイムスリップという発想だとは、母親も分からなかった。
 そういえば、母親が雅夫少年を見ている時に、時々何かを呟いているのを聞いたことがあった。
 何か四文字を呟いているように思うのだが、それが何か分からない。気にはなっていたが、それが消えていく女性に関係のあることだとは思えなかった。だが、雅夫少年の見ているのは紛れもなく消えていく女性であって、彼女たちも自分が消えることなど、まったく予想していない。またひょっこりと現れるのだ。
 母親の発想は当たらずも遠からじ。確かに彼女たちはどこにも行っていない。雅夫少年は、いつも見ていたアニメを思い出しながらショウウインドウを見ている女性を眺めていた。
 消えるオアシスを捜し求めるアニメの発想は次第にSFの発想へと変わっていく。
 雅夫少年の発想はタイムスリップというよりも、四次元世界の発想であった。四次元世界の発想はタイムスリップの発想と限りなく近いものがある。同じ空間にいるのに、時空が違っているという発想である。
 同じ場所にいながら、相手を見ることができないというのは、別次元に入り込んでいるからではないだろうか。別次元では時間を感じることもなく、ひょっとして同じ世界が広がっているために、別次元にいたという気がしない。ただ、時間の感覚だけがなくなっている。
 夢に近いものがあるのかも知れない。三次元の世界に戻ってくると、四次元世界のことは忘れてしまっている。夢として片付けられるか、遠い過去のこととして片付けられるか、それとも記憶から消えてしまうかではないだろうか。そう考えれば失踪してしまってから、ひょっこり現れて、話を聞いたとしても辻褄が合わない理屈も成り立つというものだ。
 もちろん、納得する人ばかりではないだろうが、消えてしまった人が戻ってきたのである。それだけでよしということになるだろう。
 母親はまったく意識をしていないが、自分が雅夫少年に植え付けた色への思い入れ、そして、隣にできた洋服屋のショウウインドウが浮かび上げる色のコントラスト、それらが雅夫少年の中にある何かを呼び起こしたのかも知れない。
「オ・ア・シ・ス」
 雅夫少年の口がそう動いていた。案外、四次元の入り口は、雅夫少年の言葉の呪文にあったのかも知れない。

                (  完  )




作品名:短編集49(過去作品) 作家名:森本晃次