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短編集49(過去作品)

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 砂漠に浮かぶ幻のオアシスは、「幻のオアシス」と言われるだけあって、神出鬼没である。急に消えて、またまったく違う場所に姿を現す。そんな不思議なオアシスはあくまでも伝説で、本当にあるのかどうかも分からない。そんなオアシスを捜し求めるアニメだった。
 雅夫少年は、このアニメが好きだった。どちらかというと冷静で、現実的なところがある雅夫少年は、冷めた目でアニメを見ながら、自分がさもこの主人公になったかのような錯覚に陥っていた。
 このアニメの夢も何度か見たことがある。
 その時は夢の中で砂漠の本当の恐ろしさを感じていた。朝起きて喉がカラカラに渇いていることが何よりの証拠だった。
 アニメの主人公は、冷静沈着である。雅夫少年も普段から自分を冷静だと思っているが、沈着に行動できるかどうか自信がなかった。テレビで見た冷静沈着な主人公が自分ではなく、主人公になっている自分をアニメの主人公が見ているような逆の立場になっていたのだ。
 夢というのは不思議なもので、自分が現実の世界でどのような立場なのかということを分かっているものである。分かっていて、さらに夢の中の登場人物を演じようとするのだから、かなり無理があっても仕方がない。夢から覚めてから感じるものではなく、実際に夢の中の自分を感じたまま目が覚めてくるのだ。記憶の奥に封印されていた何かが、夢という形で姿を表すものだとも考えられるのではないだろうか。
 夢に出てきた砂漠の主人公は、年を取っていた。大人になっていたのだが、成長した姿に違和感を感じない。
――どこかで見たような気がするな――
 父親、先生、親戚のおじさん、いろいろな大人の人の顔を思い浮かべたが、どうもその誰とも似ていないようだ。しいて言えば父親に似ているが、父親から比べてかなり若いので、それも自信がない。もっと身近な人を見ているような気がした。
――主人公は自分のはずなのに――
 確かに主人公は自分であるが、アニメの主人公としての役割ではない。アニメの主人公は他にいるのだ。
 自分が作り上げた夢と、アニメのイメージがダブっているのだ。アニメのイメージもテレビで見たものと若干違う。テレビで見たものを後から思い出そうとする時に感じるイメージに似ている。アニメは見ている時と、後から思い出す時で若干の違いがあることに気付いたのも、アニメの夢を見たからだった。
 雅夫少年の家の隣には洋服屋があった。
 ショウウインドウのガラスの前に、時々女性が立ち止まって中を見ていたりする。みているのは女性だけとは限らない。アベックが腕を組みながら立ち止まり、女性が中を指差していたりする、さながら、おねだりをしているかのようである。たまにではあるが、男性一人で覗いている時もあるが、彼女に買ってあげようか自分の財布の中身と相談しているのかも知れない。
 子供の雅夫にとって、洋服がどれほど価値の高いものかは分からない。女の子であればある程度興味を示すものかも知れないが、男の子であっては、洋服に示す興味もない。
 雅夫少年のはあ親は、いつも着物を着ていた。家では割烹着、表に出かける時も和服だった。
 父親が単身赴任をしていて、母親は近くの小料理屋に手伝いに働きに出ている。働きに出ていると言ってもそこは親戚のやっている店なので、お手伝い程度のものである。それでもちゃんとお給料はもらえるので、母親としても適当ではいけない。だが、悪い商売でないことは確かだ。
 店はそれほど遠くなく、雅夫少年も夕食を時々、小料理屋で食べることもある。雅夫少年の食事の時間は、店を開けてすぐくらいなので、まだお客さんもほとんどいない時間なのだ。
 店を開ける前だと却ってバタバタしていて何も構ってあげられないことから、店を開けてからすぐの時間に食事を摂るようにしている。それも、女将さんの計らいによるものだった。
「雅夫くんは、いつも大人しくていいわね」
「そんなことありませんわ。もう少し元気があった方がいいくらいです」
 女将さんと母親の会話であったが、元気があった方がいいというのは半分本音かも知れないが、少なくとも母親は、今の雅夫少年に満足していた。
 雅夫少年はあまり親に逆らったことはない。確かに大人しい性格で、余計なことはほとんど口にしないタイプである。自分のことで精一杯の母親からすれば、大人しいくだいの方がありがたいに決まっている。
「男の子はワンパクくらいの方がいいわ」
 と表では言っているが、本当のところは違っている。だが、心の奥では、
――もう少し元気な方がいいのかも知れない――
 と思っているのも事実で、時々我が息子ながら、何を考えているか分からず、気持ち悪くなることもあった。
 母親が雅夫少年のそんな姿を垣間見たのは、自宅の二階にある雅夫少年の部屋の窓から、一人窓の外を見る息子の姿を見た時だった。
 いつ頃から表を見ているのか分からなかったが、見ているのを発見して、しばし後ろからその光景を眺めていた。一瞬でも微動だにせず表を見ている姿は、まるで時が凍ってしまったかのようだった。
 窓の桟に両肘をついてじっと見つめているその姿に気がつけば自分も凍り付いているかのようだ。
 時間的にどれくらい経っていたのか、自分でも想像がつかなかったが、漠然と考えていたよりもかなりの時間が経っていた。それほど後ろから眺めているのに、息子は見つめられていることに気付かず、一切の神経は、目の前の光景に集中しているようだった。
――何が見えるのかしら――
 表通りを歩いている人を見ているとしか思えない。母親はやっと我に返って踵を返し、一階で用を済ませて戻ってくると、何とまだ下を見続けている雅夫少年の姿がそこにあった。
――あれからずっとかしら――
 少なくとも一時間は経っているはずである。その後姿はまるでタイムスリップして一時間前に戻ったかのようで、まったく変わっていなかった。
――あれからずっとなんだわ――
 と考えた母親は、急に自分の息子が怖くなった。
 もしこれがワンパクな少年であればこれほど怖く感じることはなかったであろう。いや、ワンパクな少年に、これほど根気があるはずもなく、ありえないことだった。ワンパクな少年に、
――何を考えているか分からない――
 という表現はあっても、この光景はありえない。母親はそう感じていた。雅夫少年だからありえることなのだとも思っていた。
 もちろん、そのことを後から本人に確認したこともない。また、それが一度きりのことだったので確認することもないだろうと思っていた。
 しかし、その時から明らかに雅夫少年はどこかが変わってしまっていた。母親の偏見かも知れないが、気のせいでもなさそうだ。
――どこが違うのかしら――
 最初は分からなかったが。時々上の空になることがあり、心ここにあらずの雰囲気を醸し出している。
「雅夫、どうしたの?」
 声を掛けるにも勇気がいって、
「あ、いや、何でもない」
 返事は返ってくるが、その返事のどこに何でもないというのか、完全に上の空であった。
 だが、それも母親が見ている時だけのことである。
作品名:短編集49(過去作品) 作家名:森本晃次