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短編集49(過去作品)

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 社会人になって、通勤途中に川原があるが、たまに川原に座り込むことがある。土手から川原を見る光景に見覚えはないが、川原に座った光景には見覚えがある。まるでデジャブのようである。
 風が気持ちいい。川原を見つめる典子は相変わらず無口だった。
――何か話しかけなければいけない――
 一緒に歩いている時は感じなかった思いが、川原に座った途端に湧いてくる。小柄な典子とは対照的に藤原は背が高い。一緒に歩いていて見ることのできない表情は、座ることによって、顔の位置が同じになるので、その横顔がハッキリと見えてくるのだ。
 典子の行動は、まるで藤原が予期している通りに進んでいるように思えた。だからこそ、
――これは夢なんだ――
 と思えるのであって、必ず自分の中にある意識がそうさせているものであることは分かっていた。だが、意識が夢で何をさせたいのかまで分からないところが夢の夢たるゆえんではないだろうか。
 結局その時、藤原は何も言えなかった。
 考えてみれば、夢の中で自分が何かを喋ったという記憶が残っていることってあるだろうか。目が覚めてから感じることは、自分の行動が自分の意志以外の何かを始めた時にビックリして夢から覚めるというシチュエーションである。
 夢の中の自分は主人公であって、夢を見ている自分とは違っている。最初から分かっているはずなのに、主人公になった気持ちでいるのは、潜在意識以外の行動を、主人公である自分がするはずがないと思っているからだ。
 だが、主人公であっても、夢の中の自分は夢を見ている自分とは違う。どこかで夢を見ている自分の意識とは違う行動が生まれるものだ。
「覚めない夢なんてないんだ」
 と言われるが、夢から覚めるきっかけが、意識していない行動を自分がした時だと思うのは斬新な考えであろうか。夢について人と話すこともないので分からないが、皆がどれほどの意識を持っているか興味のあるところであった。
 覚めた夢の中で感じたことは、
――最後に何か自分が喋ったのだ――
 夢の中で何かを喋ることはタブーだったのかも知れないそれは夢を見ている自分が勝手に決めたものだったのか、夢を見せる潜在意識の中にはないものだったのかは分からない。そのどちらもだったのかも知れない。
 夢から覚めて、ホッとした気分にもなった。きっと、自分の中で言ってはいけないと思っていたことを言ったのだろう。それが本音だったからなのかも知れない。本音があまりにも自分の中でのタブーであったため、そのギャップから却って夢を見させたとも言えるだろう。夢の中での出来事の中には許されるものもあれば許されないものもある。それを決めるのは、一体誰なのだろう。
 その夢があったからだろうか。藤原は思ったことを口にするようになった。
 それまで口下手だと思われていたが、
「藤原さんって、話し始めると、結構喋るじゃないですか。話をしていても楽しいですよ」
 と男女問わずの意見だった。
 人との会話がこんなに楽しいなど思いもしなかった。
――主役になることばかり考えていたのかも知れない――
 輪の中で話をしている自分を思い浮かべる時は、自分が中心にいるところだけしか思い浮かばなかった。だが、実際に話をしてみると、中心というよりもむしろ反対意見を戦わせることに楽しみを見出したところもある。
 会話の中で同じ考えの意見ばかりであれば、どこまで言っても楽しくない。会話に深みがないからだ。反対意見というよりも、少数派意見と言った方がいいだろうが、会話の深みは反対意見あってこそのものだと思うようになった。
 少数派意見であっても、多数派意見を聞いていると、自然と考えが浮かんでくるものだ。
――俺って天邪鬼なのかも知れないな――
 と感じるほどだが、確かにそうかも知れない。だが、会話を引き立てている自分が主人公になったような気分になれるのは、自分の中の本音で話ができるからだ。
 元々少数派意見の考えを支持するところがあった。人の言うことを頭から信じない性格だったからだ。子供の頃はあまりいい性格には思われなかったが、大学に入るといろいろな人が集まってくる。考え方もさまざまだ。
 だが、いつの間にか大衆意見に染まってくる連中もいる。入学してきて、最初に感じたセンセーショナルなインスピレーションはどこへ行ってしまったのだろう。
 藤原は、あまり表に性格を出さなかったのは、そんな連中を見てきたからだ。下手に表に気持ちを出してしまうと、結局大衆意見に取り込まれてしまう自分を考えるのが嫌だったからだ。人に染まってしまうのは自分の中で一番嫌なことで、そう思うと寡黙な人の中には、同じような考えの人もいるように思えた。
――一度、皆の考えを聞いてみたいものだ――
 と思うようになって、意識は寡黙な連中へと向いていく。
 そんな時に意識していた女性が、典子だったのである。
 典子と話をしてみたいと思ったことは何度もあった。しかし、話しかけられる雰囲気ではなかったし、何よりも目と目が合うと、その熱い視線で、思わず目を逸らしてしまっていた。そんな自分を情けなく思い、自分を見失ってしまうほどになっていた。
――寡黙って、何だったんだろう――
 寡黙な自分をイメージしていた自分がもう一人いたに違いない。
 ある日、そんな藤原に失恋の相談に来た後輩がいた。彼が好きな女性への思いは強く、その証拠にまるで妄想のような夢を見るという。
「こんなこと、他の人には話せませんよ」
「どうして俺ならいいんだい?」
「藤原さんは、女性を卑猥な目で見たりすることがなくて、変な妄想なんて描いていないように見えるんですよ。それでいて、僕のように卑猥な妄想を抱く人に対しても偏見を持っていないでしょう?」
 確かにそうだが、
「買いかぶりすぎだよ」
 謙遜して見せたが、それほどでもなかった。褒め言葉に違いないと思ったからだ。
「僕の好きな女性は、いつも綺麗でいたいっていう女性なんです。少し自信過剰なところもあるんですが、そこがまた素敵なんです。痘痕もえくぼかも知れませんけどね」
 自分が綺麗だという意識がすべての根底にある。そこからのビジョンで物事を見るので、確かに自信過剰かも知れない。典子のことを夢に見るのは、彼女を好きなもう一人の自分が意識して夢を見せるのかも知れない。本当に好きな女性に対してどのように対応していいかということは、夢の中の自分しか知らない。
 他の人が藤原にアドバイスを求めに来るのは、あくまでも藤原の意見を聞きにしているわけではない。夢を見させるもう一人の藤原の意見を聞きに来ているのだ。
――そういえば、アドバイスをしている時って、まるで夢の続きを見ているようなウキウキした気分になるな――
 悪い気がしない。完全に自分に酔っている。
 自然消滅したと思っている恋愛。ひょっとしてまだ続いているのかも知れない。ふとした瞬間に何かを思い出した時、心の中に現れる夢の主人公。きっと、永遠に変わらぬ愛を示すことが出来る日が、近い将来待っているに違いない……。

                (  完  )


作品名:短編集49(過去作品) 作家名:森本晃次