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コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン

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「ハ、イ、シ! ハ、イ、シ!」

「ハ、イ、シ! ハ、イ、シ!」

湘南鎌倉〈七里ヶ浜〉。夏には海水浴客で埋まる砂浜も、それ以外の季節には波音だけが響く静かな海岸となる。しかし今日は違っていた。殺急のヘリが三機並んで駐機しているまわりを人が取り囲み、『廃止廃止』とシュプレヒコールを上げているのだ。

緊急出動から四時間。とうに陽は暮れている。海岸線に灯がきらめき、空には半月だけがある。西に傾き、江ノ島の向こうに沈みつつあるが、今日はたいして満ち引きはなく浜の広さは昼に見たときと変わらないようだ。

まだ多くの警察車両が、パトランプこそもう光らせてないものの、海岸通りを右に左に行き過ぎて、横を走る〈江ノ電〉と呼ばれる電車とスレ違っている。

避難した患者の多くは家に帰ったものの、入院患者の中には『他の病院に移らせてくれ』と訴える者が出ているらしい。事態が終息するにはまだまだかかると見られ、警察も対処に追われている状況だ。

そのひとつがこの浜辺。これだけの派手な騒ぎになったのを、近在の廃止論者が黙って見過ごすはずがなかった。浜に面する堤防上の駐車場に緊急着陸しているのが殺急隊のヘリだと知るや、衆を集めて群がってきたのだ。

無論、警察側としてもこうなることを見越していて、ヘリのまわりにロープを張って機動隊員を立たせてあった。

人数は二十人ばかり。全員防具に身を固め、頭に透明フェイスガードの付いたヘルメットを被っている。その彼らが、気の狂った集団の怒りに身を晒されていた。

海外ではこういう場合に、ヘリや警官が投石など受けてワンサと死人が出ている――それは予知はされないから、リセットできず殺されるまま。

日本ではまだそこまでの例はないが、ケガ人ならば何百人も過去に出ている。よって今日が無事に済む保障などまったくなかったのが現実だ。ここに立たされた者達は、おれ達殺急隊員以上の恐怖を味わっていたに違いない。

狂信徒の数は百に近いのではないか。この集団が叫ぶのを、浜に犬など連れて散歩に来た人や、釣竿やカメラを手にして歩く人々が横眼に通り過ぎていく。

さらにマスコミの取材班が、ようすを撮影しに来ていた。リポーターがマイクを持ってしゃべるのをライトで照らして撮っている。連中にとってはいい画なのだろう。

おれ達がヘリに近づくや、怒り狂える者達の声は高まった。

「予知システムはんたーい!」

「完璧でないシステムは認めなーい!」

「あなた達なんでそんなこと続けんの? ねえ、なんで? なんで? なんで? ホントにアッタマおっかしいんじゃないの?」

「予知があるから今日の事が起きたんだろう! システムをなくせば犯罪はなくなーる!」

おれ達は機動隊に護られながら逃げるように間を抜けた。ヘリが離陸態勢に入る。エンジンが唸り、ローターが回転を始める。

おれ達が中に乗り込むと、副操縦士がラウドスピーカーのスイッチを入れた。

『市民の皆さん、これからヘリが離陸します! 危険ですので下がってください。砂などが散るおそれがあります!』

それを防ぐために堤防の下の砂浜には水が撒かれていたのだが、無論すべてを抑えきれるわけもない。おまけに水撒き作業自体、この〈市民の皆さん〉は妨害していたという。

しかし、そういうのはマスコミは撮っても放送したりはしない。彼らの望む画でないからだ。

マスコミが撮りたい光景がいま始まった。

「んだとこらーっ!」「ふざけんなーっ!」

狂信者に『離陸するから後ろに下がれ』と告げるのは、〈でないとヘリが飛び立てない〉と教えるのと同じことだ。無論連中はそう取った。こちらにドッと押し寄せてくる。

それを警察が押し戻す。この事態も見越して事前に人が集められていたのであり、防具を着けた機動隊員やそうでない普通のピーエム(警官)達が狂徒に立ち向かわされるのだ。

ヘリの機体が浮き上がる。

振り上げる拳の林を下に遠ざけて、三機のヘリは次々と湘南の夜の空を上昇した。海岸線に沿って飛ぶと、すぐ前には江ノ島がある。

ヘリはその上を飛び越えていった。扇形の出島には灯が散りばめられている。

佐久間さんが言った。

「今そこで叫んでいたの、有名な小説家とか混じっていたっていう話よ。直木賞や芥川賞獲っているのまでいたって」

班長が応えて、「湘南だもんな。そういうのがたくさん住んでるんだろうな」

「おかしなものね。本を書くほど頭がいいのに予知が廃止できないのがわからないなんて」

「バカが買うから本が売れるわけだろう。今いちばん利口にやるには〈見直し派〉なんだろうしな。賞獲り作家なんてみんなそうなんじゃないのか」

「はん」と言った。「それこそ、頭悪いじゃんよ」

〈見直し派〉――班長と佐久間さんが言うのはつまり、『今の予知システムは問題が多いので抜本的な見直しが必要だと思います』などとのたまう人種のことだ。その昔にシステム廃止ができないことがわかった途端に小利口さん達が言い出したのがそれだった。

そして今も言い続けている。『見直せば廃止できるはず』と――いやいやまったくおっしゃる通りで、さすが頭のいいお人は考えることが違いますなあと褒めてやりたいところだが、はっきり言ってこれほど愚かで頭の悪い考えはない。

なぜか? 決まってんだろう。見直しならば別に言われるまでもなく、いつだってホントのホントに頭のいい人達がちゃんとやっているからだよ。おれも実際そのひとりである偉い学者に会ったことがあるけれど、その先生は世界じゅうを飛びまわり、事件現場に赴いて、関係するあらゆる人に会って話を聞いてるということだった。司法関係者はもちろん、当の被害者や加害者や、その家族や友人まで……。

加害者だけに肩入れする本や映画をただ見ただけの人間が、『抜本的な見直しを』と気安く述べる。立派に見える作家や評論家が言うし、ニュースを見れば解説者が、『見直しが必要なのです』と繰り返す。

ただ言うだけで具体的な案はなんにもありゃしないか、あまりに非現実的で試すことすらとても有り得ないものばかりか――たとえば『テレビをなくせば』とか、『能力をなくす薬を開発して殺人予知者に与えれば』とか。

要するに何も考えていないのだ。日本人の九割が〈予知システムは廃止不能〉と一応理解しているが、『見直せば可能』と聞くと『そう思う』と応える人間がやはり大勢(たいぜい)を占めてしまう。そんな者達が〈見直し派〉の言うことに何も考えず頷いている。

世界じゅうそんなものでもあるのだが、日本人は特にオメデタク出来ているのか、アジアの中ではこの比率がダントツだとか。やっぱり富士山に登りつつ鷹を見ながらナスビを食ったりしているのが悪いんだろうな。