コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
予知システムを批判してれば見識を持った人間のつもりでいられる。「廃止廃止」のカルト信者とこれではたいして変わらない。
見直し論者はある意味では廃止論者より厄介な存在と言えるわけだった。
まあ普通の庶民はいい。だが湘南の地で優雅に暮らしながら「予知は見直しが必要」と語る作家の先生さんか……やっぱりよっぽど頭の出来がいいんだろうな。何をどうすりゃ自分に得かよくわかってるんだろう。
ヘリは厚木へ。署の上空に差しかかると、おれ達の巣もやはり群衆に取り巻かれていた。
それも凄まじい人数だ。七里ヶ浜とは比べ物にならない。プラカードや旗が振られ、「廃止! 廃止!」とコールが叫ばれている。
毎度のことでもあるのだが、
「来てるな」と班長が言った。「けど、こんなに押し寄せるのは久しぶりじゃないか?」
「事件当日からこれかあ。明日になったら倍にふくれるんじゃないの?」
と佐久間さんも言う。
厚木警察署の前にはいつもふたりか三人くらい、《予知廃止》の札を持って立っている眼付きの変な者達がいる。しかしいつもはただ立ってるだけなので、プラスチックの人形じゃないかとおれなんかには思えたりする。
事件があると十人くらいやって来てセーノで叫んでいくけれど、窓からそれを怖いと思って見ることはない。それでもマスコミは精一杯迫力のある図に切り取って写していくので、後でテレビのニュースを見てこれは一体どこの県で何が起こってこんな運動になったんだろうと思ってしまったりしている。
いつもはだ。今日のはケタ違いだった。
メガフォンマイクで声を響かせ叫んでいる者がいる。
「神奈川から予知システムを無くしましょう! ひとつの地で予知による警察行動を禁じる条例を成立させ、それを広げていくのです。その地域では犯罪が必ず激減しますから、誰もが効果を認めなければならなくなります。神奈川から日本全域、そして全世界へとシステムを無くしていくことができるでしょう!」
怖(こえ)え!
また別の声を上げる者。
「皆さん、ワタシは今日の事件を予見しておりました! 今週、月、火、もしくは木曜か日曜、頭がサ行かナ行かマ行、もしくはラ行で始まる町でテロか地震があるかないかであるだろう――と、ほらほら、ご覧ください! 見事にたった一日違いのこの水曜日、一行違いの鎌倉でテロが起きたではありませんか! このようにしてワタシは毎週すべての予言を的中させてきたのです。殺人予知者などよりもワタシの方が上なのです!」
怖え! マジ怖えよう!
またまた別の声を上げる者。
「その人達は死ななきゃいけなかったのよ! 今日、天国に召されるはずだったのに! 警察が余計な事をしたせいで、やがて地獄へ落ちることになるんだわ! どうしてそれがわからないの。死ぬべき者は決して救けちゃいけないのよ!」
怖え怖え怖え怖え! こんなやつらが十ばかりも署の前で喚き散らし、それぞれの支援者どもが何百という数で「そうだそうだ」と叫んでいる。ヘリポートに降り立つとそれがワンワンと聞こえてきた。
怖い、怖いよ。怖過ぎるよお。いや、笑い事じゃないんだよ。こういうのがほんとにどこにもウッジャウッジャといるんだから。
署内もえらい騒ぎだった。署員が怒鳴り合いながらあっちへこっちへ駆けまわってる。殺急が帰ってきたことで騒乱が勢いを強め、交通が遮断される事態になったようだった。
神奈川では数年ぶりのことだろう。状況がここまで異常な様相を見せるのは、おれとしては経験がない。
ただの愉快テロならばこんなに大きな騒ぎにならない。やはり病院――それも産科に爆弾が仕掛けられたという事実が世に衝撃を与えたのに違いなかった。
これが計算のうちだとすれば、ホシはおそろしく狡猾なやつだ。鎌倉市を選んだのも、ロケーションによる演出効果を狙ったものに違いあるまい。
しかし、なぜこんなことを? 殺急隊のおれ達も、あの病院に居残らざるを得なかった人々も、結局何事もなく済んだ。本気で人を殺すつもりはやはりなかったのであろうが、しかしそれでは辻褄が合わない。
これが廃止団体による信者集めのためのテロなら、あの病院に残った市民を殺さねばならなかったのだ。無論そんな計画自体は連中にとってもリスクが高く、実際にやるとはちょっと考えにくい話なのだが。
となると、やはり零子の言ったもうひとつの可能性? しかしそれも――。
「諸君、ご苦労だった」
課に戻ると隊長が言った。
「まずは全員無事の帰還を何よりもうれしく思う」
「ありがとうございます」皆が声を揃えて言った。
「だが安心するのは早い。君らが空にいる間に、犯人と思しき者がネットで犯行声明を出した。見てくれ。この動画の主は、今日の犯行の目的を〈妊娠中絶反対のため〉と言明している」
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之