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コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン

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にしても、結構逃げ足の速い野郎だ。別班のふたりも走ってついてくる。おれと零子同様に男女のコンビだ。

声を上げて聞いてきた。「なんだあいつ!」

「知らん!」

「爆弾か?」

「だから知らないよ!」

おれはそう応えるしかない。そいつら、走ってついてはくるが、なんだかだんだん後ろに下がっておれの真後ろに付き出したような。

零子もやっぱり一緒になっておれの後ろに縦一列。試しに今まで廊下の真ん中を走っていたのをちょっと脇にズレてみると、それに合わせて電車ごっこでもしてるみたいに縦並びについてくる。

それでわかった。三人とも、いくらかでもおれを爆風除けにしようという考えなのだ。

「おいテメエら!」

おれは叫んだ。それでも四人で追いかけていく。

男は走るが、やはりおれ達殺急から逃げられるほどの脚じゃない。スピードもだんだん落ちてきたようだ。

おれ達は距離を詰めていった。追いつくまでもう少し――だがどうする。この男が爆弾魔で、捕まえた途端にドカーンなら――。

「わーっ!」

と叫んで男は立ち止まる。おれはギョッとして飛び退いた。

男は胸に紙袋を抱きかかえながら、ゆっくりこちらを向いてきた。絶望の表情。額に汗。

尋常ならざる異様な気配をその男は漲らせていた。熱病にでも侵されたような異常な顔つき。

そうだ。おれは思い出した。中東あたりじゃ、予知システムがある今も、このようなやり方で自爆テロをする者が絶えないという。そして警官が犠牲になるのだ。

これがこいつの計画だった? すべては警察官四人、あわよくばそれ以上、吹き飛ばすために仕組んだことだったのか?

「すみません……」

男は言った。緊張に震える声。眼は狂気にギラついている。

「すみません、すみません……」

「ねえ、君、いいか、落ち着きなさい」おれは言った。「ね。落ち着いて。落ち着いて」

わーん落ち着いてらんないよう。その紙袋、なんかギッシリ詰まってそうじゃん。たとえ素人爆弾でも、ここにいるみんなコマ切れになっちゃうよう。

こいつ絶対マトモじゃねえ。だってまるきり映画のゾンビか、悪魔に取り憑かれちゃった人間みたいな顔してるもの。走って息切れしたくらいで人の顔がこんなになるかよ。おれも何度も人殺しをやるときの人間の顔を見てきたけれど、こんな怖いの滅多にねえよ。

「すみません……すみません……」

何かジョロジョロと音がする、と思ったらこの男、なんと小便漏らしてやがる。わーんもうおしまいだあ。

「わかった。わかったから、落ち着いて。ね。そいつを置きなさい。そんなもので将来を棒に振ろうとしちゃいけない。君の人生はこれからなんだ」

何言ってんだおれ。人間ってパニクるととんでもないこと口走るなあ。

「わーっ! すみませーん!」

男は叫んで、なんとなんと、紙袋をおれに向かって投げつけやがった! こういう場合に、『すべてがスローモーションのように眼に映った』と小説で書いてあるのを読んだりするが本当なのだ。生死に係わる状況で助かる率をほんの少しでも高めるために、脳が情報処理の速度を一瞬だけ上げるのだそうだ。

だからその紙袋は、おれの眼に、ゆっくり飛んでくるように見えた。表に印刷されている菓子屋のロゴをハッキリ見て取ることができた。

その一秒の何分の一かに、おれの頭はふたつの選択肢を上げてどちらを取るか決めろとおれに迫ってきた。A:飛び退いて避ける。B:袋を受け止める。

爆弾なら避けてもどうせ木っ端微塵だ。でも受け止めるのはイヤだ。イヤだが、しかしやるしかなかった。おれは「ぎゃーっ!」と叫びながら紙袋をキャッチした。他の三人も悲鳴を上げて飛び退いていく。

紙袋は手提げの口が開いていて、中に入っていたものがバッとこぼれ飛び出した。それがたくさん――おれは心臓が止まるかと思った。祈った。時間よ止まってくれと。

もちろん止まるわけはなかった。それらは床に散らばった。

他のみんなもその一瞬、シャカシャカシャカと四つん這いで四方に逃げ散っていた。たぶん馬より速いくらいのスピードだった。

そうしてみんな悲鳴を上げて、それから『あれ? 何か変だぞ』と思ったような表情になる。

何も起こらない。

その男ひとりだけが小便の海に這いつくばって、すみませんもうしませんごめんなさいと泣いている。

おれは手提げ袋の中を開いた口から覗き見た。何やらボールペンのような細く透明な管が入っている。それがたくさん。

ボールペンじゃない。注射器だ。滅菌袋に封入された注射器が、紙袋にギッシリ詰め込まれているのだった。

下に落ちたそのひとつを零子が拾った。滅菌袋に書かれた文字を眼でたどるようにする。

それから言った。「モルヒネ?」

「え?」

とみんなが言った。男が、

「すみません、ほんとすみません」

と言葉を続けている。

その場の空気がとてもとても悪いものへと変わっていった。

別班のふたりが、おれが受け止めた紙袋を覗き込む。思い出した。確かこいつら、今日は非番だったはずだ。『鎌倉の病院に爆弾』というので急ぎ呼び出されたのだろう。休日返上でタマ(命)を張る覚悟で来てみりゃこのザマか。

「てめえ――」

と、男女ペアのうち男の方の隊員が言った。対して相手は、

「すみません。あの、ほんの出来心だったんです。ちょっと魔が差したって言うか、ホントに、もうしませんから。だから今度だけ見逃してください……」

「あんた」女の隊員が言った。「二、三本、射ってるでしょう」

おかしく見えたのはそのせいかよ。

「いえそんな。射ってませんよ」

「嘘つくんじゃないわよあんた。その顔、どう見てもクスリが入ってんじゃないのよ」

「いやその、『ビタミン剤かなー』と思って……」

「射った」

「いやあの、だからビタミン注射なんです」

「ここにmorfine(モルヒネ)と書いてある」

「えっ、おかしいな。そんなバカな。えっと……これ、何語ですか。モ、モ……モーフィン。うん、〈モーフィン〉ですよこれ」

「ちっ」男の隊員が言った。「電話を探して報告だ。『火事場泥棒を捕まえた』とな。騒ぎに乗じて医療用のモルヒネを大量に盗んだ男を捕縛……」

それから言った。「現行犯だ」