コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
予知システムの不信を煽るテロをひとつ仕掛ければ、廃止団体は多くの人員を獲得する。そして、金だ。何よりも唸るほどの莫大な金。
「あの狙撃の時なんか、廃止団体が得た利益は数百億と言われてるのよ。ひょっとして千億円にすら届いたんじゃないかとさえ――」
「それもわかってはいるけどさ」
この21世紀半ばの現在、日本の人口は一億ちょっと。うち九割九千万はシステム廃止ができないのを理解しているマトモな人だ。
2パーセントの二百万は、しかしまったくわからない。非常に困った人達だが、しかしそれとはまた別にちょっと困った人達がいる。
〈わかる人〉と〈わからない人〉の中間の、予知システムは廃止せねばならないから廃止せねばならないのか、できないものはできないのだからしょうがないものなのか、イマイチよくわかっていない人々だ。
これは程度の問題なのではっきり何パー何万人というのが難しいのだが、しかしここでは8パーセントの八百万としてしまおう。普段はまわりの人々に「予知は廃止できないから」と言われて「そうか」と思っているが、事件があると「廃止だ廃止だ廃止だ」と金切り声が聞こえてくる。
ついフラフラと近寄ってみると、
「どうぞようこそいらっしゃいませ。私どもでは予知システムを廃止する方法を見つけましたが、実現にはあなたの助けが必要です。まずはセミナーを受けてください。そこで我々の活動が正しいものと洗脳、いや完全に納得いただけましたら、全財産お持ちのうえで参加を歓迎致します。あるいはこちらの商品販売員になる選択もあるのですが、これはあなたの友人やご親類の人達に商品をお勧めしていくという……いえマルチじゃありませんよ。それどころか絶対儲かるチャンスでして。ええ、マルチじゃないんです――」
というような誘いを受ける。これがどれだけ儲かるかは――って、もちろん、あなたじゃないよ。あなたはただすべての財産むしられたうえに奴隷労働させられるか、マルチの徒にされやっぱり財産取られたうえに友達みんな失くすだけかだ――とにかく、よくわかるだろう。
予知システム廃止団体。表には人権団体の面を向けてる政治結社や宗教法人の実体は皆、純真善良な人々を騙して骨までしゃぶる悪辣なカルトに他ならない。
いや、『皆』といま言ったけど、ちなみにいつかのマトリックスおばさんの会みたいなのは別に人権団体じゃない。人権団体でもちゃんとしたとこは予知の廃止など叫ばない。若い時分にヤンチャのひとつもしてないと見分けるのは難しいから、普通の人はなんであれあまり近づかないことだ。
でもいちばん近づいちゃいけない洗脳されやすい人が近づいちまうわけだよな。これがどれだけ金になるかわかるだろう。
儲かるのだ。とにかく儲かる。何しろカモの予備軍は八百万もいるわけだから、ひとつテロに成功すれば一万人でも軽く引き寄せられるのだ。ひとりひとりミカンのように絞り取って平均一千万とすりゃその合計は千億円。
いつかの銃撃事件においてそれが実際に行われた。廃止団体が次を企んでることは疑いない事実でもある。
今日のこの一件がそれだという可能性は? この病院のどこかに二発目の爆弾を仕掛け、居残った市民を爆死させられれば、千億どころか二千億か三千億か、ひょっとすると一兆円もの利が得られるのは確かなのだ。なら本気でやるだろうか?
おれは言った。
「そうは言ってもあんときだって、テロを仕掛けた黒幕自体は殺しをやる気なかったはずだぜ。おれを狙った野郎は跳ねっ返りだった」
「確かにね。どんなに金になると言っても、それで殺しは考えにくい。やつらにとってもリスクが高過ぎるはず……とするとやっぱり、もうひとつの可能性かな。産院に爆弾を仕掛けるテロはアメリカ南部辺りでは結構ある話だけど、まさかこれも――」
と零子が話している時だった。廊下をこちらに歩いてくるひとつの人影が見えた。
なんだろう、とおれは思った。まだ若そうな男だが、医者にしては白衣じゃないし、殺急にしては突入服じゃない。バクショリ班員だとしてはアニメのパワードスーツみたいな耐爆防護服でノシノシ歩いていない。
見たところは普通の格好の普通の市民で、入院患者を普通に見舞いに来たみたいに普通に菓子でも入っていそうな紙袋を提げている。向こうもおれ達に気づいたらしく足を止めた。
「?」
おれと零子は互いを見た。ゴーグルにハテナマークがチカチカチカと瞬いた。
冗談です。そういう変な機能のついたゴーグルは、いかに日本警察が税金を無駄に使っているといってもまだ導入していません。
「あの、ちょっと――」
呼びかけてみた。だが途端にその男はおれ達に背を向けダッと駆け出した。
「!」
おれと零子はゴーグルに今度はビックリマークを表示させて向き合った。だから嘘です。今のとこホントにそんな変なゴーグルは使ってません。
「野郎!」
おれは叫んで、すぐさまにそいつを追って駆け出した。おれは警官。君が逃げるなら僕は犬。追って追って追いかけるのだ。
「ツカサ!」零子も後を来ながら叫んだ。「気をつけて! そいつ――」
「わかってるよ!」
おれは応えた。けれども、何がわかってるんだ? あの男は何者だ? 何もわからん。捕まえればわかるだろう。
でもその時はお陀仏かな。あの男が持っているのが爆弾ならば――。
そう、そうなのだ。気をつけなければいけなかった。不審な者を見つければテロリストのおそれがある――種々の状況を想定した訓練をおれは重ねてきている。だからあいつがそうならば何をどう気をつけるべきかわかっている。
わかってるけど、しかしあいつはなんだろう。やっぱり見ただけじゃよくわからない。
おれは追いながら考えてみた。テロリストならここでいちばんやりそうなのは医者になりすますことだ。白衣一枚着ればいい。それで居残ってる者に近づいてって拳銃でズドン。
予知ができない今ならそれが可能なので、だからさっきの娘にも気をつけろと言ったのだが、しかしあいつはそれとはちょっと違うように思えた。誰も居残っていない区画で一体何をしてたんだ?
そいつは逃げる。おれは追う。廊下に靴音が鳴り響く。
そいつが持ってる紙袋はかなり重さがありそうだった。やはり爆弾? 走るのに邪魔になるらしく、そいつは胸に抱え込んだ。
行く手に人影。しかし紺の突入服。おれ達とは別の殺急隊チームだった。やはりふたり一組で位置に着いていたのだろう。こちらの方をなんだなんだという眼で見てる。
おれは叫んだ。「不審者だ、捕まえろ!」
これで挟み撃ち――と思いきや、逃げる男は「わ、わ、わ」と言いながら横に曲がって行ってしまった。
一体なんでそんなとこに曲がり角があるんだよ! 思いながらに後を追っておれもその角を折れた。
にしても、結構逃げ足の速い野郎だ。別班のふたりも走ってついてくる。おれと零子同様に男女のコンビだ。
声を上げて訊いてきた。「なんだあいつ!」
「知らん!」
「爆弾か?」
「だから知らないよ!」
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之