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コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン

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03



爆発の予定時刻まであと数分。

「産科病棟の爆弾は既に処理されました。ですがまだ、安心ができるわけではありません」

とおれは言った。入院患者とその家族のいる病室だ。

奥のベッドに老人がひとり。危篤状態にあるとのことで、家族が離れようとしなかった。そういう者まで無理に追い出すことはできず、居残りを認めぬわけにいかなかった――ただし、『自分の意思で残る』との書類にサインさせたうえで。

予知システムを築き上げた真の天才である者達は、こういう事件がいつか起こり得ることすら、作る前から考えていたらしい。そして殺急隊員であるおれ達も、予(かね)てよりこれを想定した訓練を受けていた。今はとりあえずマニュアルに従い、残った人々を手分けして訪ねてまわっているところだ。

「『別の爆弾が隠してあって、時間が来たら爆発させる』つもりだという可能性がまったくないわけではないのです。この病室がどうかなるということは、まずないものと思われますが……わたしの話が理解できますか?」

おれは危篤患者の娘だという若い女に言った。相手は「はい」と応えて頷く。

おれは続けて、

「また、その後も二時間は安全が保障できません。いま現在この一帯は本来とは違う時間の中にあり、人が死んでも予知はされない状態にあります。殺人予知がまた有効になるのに二時間かかりますので、それまで行動は控えてください」

「はい」

とまた相手は言ったが、あまりよく理解している顔には見えない。

「ボタンを押しても看護士の呼び出しはできません。ナースセンターは『爆弾が在るおそれ有り』と判断されまして、立ち入りを禁止しています。何かありましたら、残っている医師の方がええとあちらの――」

おれが説明しかけたところで、彼女は言う。「それについては、先生から伺っています」

「そうですか。一応医師や看護士にも気をつけてください。医者に化けたテロリストの可能性がないと言い切れませんから」

「はあ……」

と彼女。『気をつけるって、どうやって?』。そう問いたげな表情だった。だがもしそう聞かれたとしても、おれにも答えようがない。

「よろしいでしょうか。では失礼致します」

「え?」と言った。「行っちゃうんですか?」

「病院の中にはおります。しかしなるべく『残っている市民に近づくな』という指示でして」

「あの……それってどういう……」

「犯人が狙うとしたら我々警察官ですので、一緒にはいない方が安全との判断です」

実は別の見方もあってそうするのだが、それについては話すわけにはいかなかった。しかしやはり、彼女の方で気がつかないわけもなかった。

「はあ」

言って彼女はまわりを見た。病室内にはベッドに寝ている父親と、その傍らに付き添う母親。窓の外には飛び交うヘリと、警察車両の赤く瞬くパトランプと見上げる群衆。

遠くに湘南の海岸も見える。堤防に並ぶ人々も、こちらを眺めているらしかった。

この部屋の捜索自体は済んでいる。爆発物らしきものはなかったが、

「でも、もし間違ってたら――」

彼女は言った。しかしそれにもおれは答えられなかった。

おれがここに一緒にいても、爆発があればなんにもならない。四人であの世に消し飛ぶだけだ。彼女もすぐそれと悟ったのだろう。それ以上は言わなかった。

居残りの書類にサインした時点で、ひと通りの警告は受けていたはずだが、それがようやく効いてきたというところだろう。世の中はどうせ安全じゃない。道を歩けばクルマに轢かれるかもしれないし、飛行機に乗れば海に墜ちるかもしれない。家にいたって食中毒や火事に遭うかもしれないのであり、この病院に残る危険も実はそれらとあまり変わらないとしても、決して人に勧められる選択では有り得ない。イザとなったらいい気持ちでいられるはずがないことだった。

彼女はまた窓を見た。海の向こうに江ノ島が見える。『臨終の親を看取るならせめてこんなところを』と誰もが思うかもしれない。ここはそんな病室だった。

彼女は言った。「犯人はこんなことして何がおもしろいんでしょうね」

「同感です。それでは」

病室を後にした。たとえ『誓約を取った』と言っても、もし万が一彼女らが死んだら、たいして役に立たないだろう。警察は大きな非難を浴びることになる。

法的な責任とは別の話だ。世間は怒り狂うだろう。『警察の責任逃れのためにそんな書類にサインさせるとは』と吠えたてるハイエナの声が今から聞こえる。そして必ず、予知システムの不備だ欠陥だという話になるはずだ。

廃止できないと言うなら根本的見直しを。いやいや何を言ってんですか廃止だ廃止だ廃止だ廃止だ、そんなシステムがあるために事件が起こると言うのなら、廃止しなけりゃいかんでしょうが――と、そう言い合う低能どものラチもない議論をマスコミが煽ることになる。

そうしてまた多くの浅はかな人間が狂信に引き込まれていくわけだ。

安い正義を振りかざして満足できるやつはいい。そいつらにはわからんだろう。おれが今、どれだけ悔しい思いでこれをやってるか。

「ツカサ」

と言って、零子が廊下をやって来た。

「こっちは終わったよ。そっちは?」

「おれも済んだ」

「じゃあ行きましょう。本来の爆発時刻まであと二分」

これは撤去した爆弾の時限装置から引き出した数値だ。未来予知では分秒まで正確な時刻を普通知ることはできない。

しかし、今回は違う。おれ達は階段を降りていった。

警官が固まっていると狙ってドカンとやられるおそれが高くなる。病院内はふたりひと組。それ以上はひとつところに集まるな、と指示されていた。

状況終了までの間、おれ達が他と離れて身を置くべき場所も指定されている。基本的なマニュアルがあり訓練を積んでいなければできない行動と言えるだろう。

バックアップ班がおれと零子に選んでくれた位置までふたりで走っていった。防火扉を背にして窓に手を挙げる。

空に見えるヘリの一機が、おれ達を乗せてきたやつだ。いま確認してくれたはず。無線やケータイが使えないので、こういうやり方するしかない。

「〈二発目〉って、あると思う?」

零子が言った。防弾ベストに眼にはゴーグル。頭には耳当て付きのヘルメット。

「どうだろうな」

「病院に爆弾仕掛けるなんて、イタズラにしてもタチが悪過ぎるでしょう。愉快犯の仕業とは思えないんだけど」

「だろうな。やっぱ本物のテロか」

「ならば二発目があることになる。狙うとしたら――」

上を見た。おれも見上げた。最後に訪ねた病室の光景が頭をよぎる。危篤の老人と、その妻と娘。

あの親子を吹き飛ばせば、世の非難は警察と殺人予知システムに向かう。それが狙いであるというのは、動機としては考えられる。考えられるが、考えると、胃が締めつけられそうだった。