コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
02
〈愉快犯による爆弾騒ぎ〉は、殺人予知者などというものが現れる前から世に頻繁にあった。
『○○の場所に爆弾を仕掛けた。○時に爆発する』とかいった電話が警察に掛けられる。ゲンジョウの市民を避難させ、決死隊を募って捜索させるがしかし、爆弾なんて出てこない。時間になっても何もなし。
あるいは、チクタクいっている袋を見つけてソーッと中を覗いてみると、ただの紙を丸めた筒と目覚まし時計がテープで巻いてあるだけという……。
皆さん、どうぞご安心ください。タチの悪いイタズラでした。
って、安心できるかバカ野郎。実はやっぱり爆弾があって、素人仕掛けの起爆装置が動かずに不発のまんま残っていたらどうするんだよ。その犯人を捕まえて打ち上げ花火の発射筒に押し込めてひゅるるるドカーンと空の上で消し飛ばしちまわない限り、安心できはしませんてえの。
爆弾騒ぎが起こるたび、駆り出されてその場へ入っていかなきゃならなかった警官達は、非常に非常にイヤな気持ちがしたという。九十九までイタズラでも今度ばかりはマジもんかもしれんじゃないか。ええ、どうすんだ、そのときは、と。
実際、ほんとに爆発が起きて警官が犠牲になった例も多いのだ。しかも映画やドラマと違い、現実の素人爆弾というものは殺傷力がそんなに高くない場合が多い……。
なら、別にいいだろうって? とんでもない! そんなもんにやられた日には、片腕を吹っ飛ばされたり両目を失明したりしながら残りの人生を生きていかねばならなくなる。だから爆弾の捜索は、あらゆる警察の仕事のうちで誰もがいちばん『それだけはやりたくない』と叫ぶ性質のものだった。
決死隊員にされた者らは皆おっかなびっくりで、心の中で『お母ちゃあん』と泣きながらそのゲンジョウに入っていった。この戸棚を開けた途端にドカーンとなってしまったらどうしよう。この箱を持ち上げたなら中でカチリと音がして、ワイヤーに繋がったピンが落ちたりしないだろうな。ボーリングの玉みたいなものがゴロゴロ転がってきて、逃げると先は行き止まりで、よくよく見るとこちらへゴロゴロゴロゴロと近づいてくるそいつには《5》《4》《3》と秒を読むデジタル表示があったりしたらどうすんだあ。
こうした恐怖は理屈ではない。抑えられる者はいないし、もし犯人を捕まえてみて、
『なんだ冗談じゃないかよう。笑って許す気持ちが持てないかねえ。あんたらユーモアのセンスってものがないんじゃないの』
なんてヘラヘラ笑って言うようだったら、やはり法廷に連れてってズラリ並んだ裁判員の前でも一度おんなじことを言わせてやんなきゃ心の底から笑う気持ちになかなかなれるもんじゃない。大体そんな野郎の刑は、〈地雷原歩き〉とかであるべきなのだ。
――と、ここまでは昭和・平成の昔の話。令和何年だかから先のいま現在の世の中では、話がちょっと違っている。無論、予知があるためだ。
〈殺人予知システム〉は新たな犯罪をいくつか生んだが、中でも最も悪質なものとされるのが、爆弾や毒ガスを使ったテロだった。人の集まるところに無差別殺戮装置を仕掛け、時限装置や遠隔操作で作動させる。
だが本当に人を殺すつもりはない。予知で事前に察知され、未然に止められるのが〈前提〉なのだ。
愉快目的の犯行で、ただ大勢の人々が騒ぐところを見たいだけ。装置はたいてい簡単に解除できるようになっていて、バクショリの班員が始末に困ることはない。
それでも万一のことがあるから市民は避難させねばならぬし、素人細工の爆弾が誤作動しない保障もない。一発目のそれは囮で実は第二の爆弾を警官が集まってくるのを待って爆発させるつもりだなんて――それは〈愉快犯〉でなく、中東やアフリカなどで本物のテロリストがやっている方法だが――こともないとは言い切れない。
だからゲンジョウに踏み込んでいく警官に、『どうせイタズラだろう』なんて気持ちが持てるわけもない。人々が脅え慌てるのを見て喜ぶ〈愉快テロ〉は、凶悪性こそないと言え、極めてタチの悪い犯罪に違いなかった。
実際に海外では、犯人のミスで警官が爆死する事件も――確かオーストリアかオーストラリアか、インドだったかもしれないが、確かそんな名前の国で――起きている。その犯人が罪を悔いて自首して以降、同種の犯罪は減少したが、皆無になるわけもなかった。この日本でも年に何度か、爆弾や毒ガスを使ったテロが発生するのだ。
――と、ここでやっぱり、予知の廃止団体がお決まりのように口を出す。予知システムなんかがあるからそんな事件が起こるのですね。だったらすぐ廃止しなさい。犯罪をなくすどころか新たな犯罪を生むと言うなら、そんなシステムは決してあってはいけないのです。今すぐただちに廃止しなさい!
これに対して、
『ええとですね、「新たな犯罪」と言いましても、イタズラによる爆弾騒ぎそのものはずっと以前からあったのです。予知システムが出来て愉快犯は手口を変えねばならなくなった。昔はただ電話一本掛けるだけでよかったものが、今は実際に爆弾を作って人に見られずに仕掛けなければならなくなったわけです。手間がかかるだけでなく、捕まる危険が高くなり刑もはるかに重くなる――これがハードルとなることで、発生件数は昭和や平成の頃より少なくなっています』
あー聞こえない聞こえなーい。あんたの言うことひとつもなんにも聞こえなーい。そんな嘘で人を騙せると思うんじゃないよ。システムは完璧だと言ったじゃないか。欠陥はただのひとつもないと! それがなんだよ一体これは。そんな犯罪があるってことが、システムが欠陥だらけの証拠じゃないか! 廃止だ廃止だ廃止だ廃止だ、廃止だーっ! 予知システムを今すぐただちに廃止しろーっ!
『「システムが完璧」などとは、少なくとも作り上げた中心メンバーの中にはただのひとりとして、一度でも口に出した者はいないはずですね。彼らは殺人予知システムが不完全なのをよく知っていました。愉快テロの問題についても、それが現実のものとなるずっと前から指摘していたようです。また、「クラップ・ゲーム」というマンガを描いた田嶋冬樹(たじまふゆき)なる人物なども、元号が〈平成〉の頃から既に……』
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーっ! デタラメ言うな! 本当ならば、そのとき取り止めてるだろうが! 無理矢理実施した後でそんなの言い出したこと、こっちは全部知ってるんだ。嘘つきどもめ! 欺瞞だらけのシステムを廃止しろと言ったら廃止しろーっ!
『だからそれは……』
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之