コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
だがもちろん、最大の悪夢に見舞われているのは、産科病棟に違いあるまい。
《早産により人工呼吸が必要な嬰児が存在。NICU(新生児集中強化治療施設)なる部屋から出すわけにはいかないそうです!》
《「分娩手術中の妻に会わせろ」と叫ぶ男性一名。取り乱した状態にあります!》
《避難中に妊婦一名産気づきました!》
そんな声が届いてくる。しかし、おれ達の乗るヘリはただ空中でホバリングしていた。
病院の屋上にはヘリポート。だから当然、今回はそこに降りることになるのだろうが、まだその許可が出ないのだ。
パイロットと副操縦士が無線に怒鳴る。周囲に同じく宙に静止している機体や、遠くを旋回している機体が見える。
おれ達とは別の班のサッキュウ(殺人課急襲隊)が乗るヘリも空に浮いていた。これだけの大事件であるがゆえ、何チームも繰り出されているのだ。
「順番待ちか」
班長が言った。その間にも、一機のヘリがポートに近づいて、乗員を降ろしてすぐに空に浮かび上がるのが窓に見える。
一度着地をしたのではない。最後の1メートルばかりの高さを乗員らは飛び降りたのだ。
男ふたりに女もふたり。殺急隊のおれ達とは別の班だった。
『木村班、聞こえるか? 応答しろ』
耳に付けた通信機から隊長の声がした。班長が応えて言う。
「木村です」
『じき、突入のGOが出る。最初の班が屋上の安全を確認したら、後を追って順次降下だ。号令を待って行動してくれ。今回のウチの任務は爆弾の捜索だ。他のサツカンには市民を避難させる間にも、なるべく「そこらにあるものに手を触れるな」と伝えてある。バクショリ(爆弾処理班)の到着にはもうしばらくかかるらしいが、それまでに殺急隊で病院の中を全部探って、他に爆弾がないか調べる』
いちばん危険な仕事はおれ達の役というわけだ。
『現在、予知でわかっているのは産科にあるとみられるひとつだけだが、それをアテにするわけにはいかない。予知を前提にした犯行ならば、一発目はわざと未然に止めさせて別に仕掛けた第二第三の爆弾を起爆させるというのも考えられぬ話ではない。爆発の予定時刻を過ぎた後も二時間は予断を許さぬ状況が続く。その理屈はわかっているな?』
「わかります」
と班長。タイム・パラドックスだ。常におれ達についてまわる論理的なルールだが、これの説明はもうやめておこう。とにかくおれ達にしてみれば、言わずもがなの話だった。
『場所が病院であるためにすべての避難ができないのは知ってるな? 人がやむなく残っているところを中心に捜索を行う。正当な理由なしに居残ってる人間がいたら、構わねえから警棒で殴ってでも引きずり出せ。それもウチの仕事だ!』
「はい!」
『なお、病院の内部では無線機器の使用は禁じる。ケータイも電源を切るように』
「了解しました」
『以上だ。諸君の無事を祈る』
「ありがとうございます」
と言ったところで、
「許可が出たぞ!」副操縦士が叫んだ。「君らの番だ。いま降下する!」
「オーケー!」
ヘリが機体を大きく振って旋回した。ひねりを入れて頭から突っ込むように降下に入る。
その勢いに、おれは既に開けてある横のドアから放り出されそうに感じて身を縮めた。
見ると、横手に湘南の輝く海面。水平線は窓に大きく傾いて見える。
空に月。山に緑。海は青。地に真っ赤なパトランプ(回転灯)。鎌倉は戦いに名乗りを上げる武士の都。この地に眠る兵(つわもの)どもよ。まだ居るのなら見るがいい。おれは殺急。殺人課急襲隊員宮本司(みやもとつかさ)だ。
丸く示された着陸場。矢の的(まと)に似たその円にヘリはまっすぐ突っ込んでいった。
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之