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コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン

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「待て!」鋭い声がした。

班長が眼を向けた。声は並んだ刑事らの後ろで発せられたものだった。ひとりの男が階段を上がって屋上に出てくる。

そして言った。「命令は撤回する」

「誰だいあんた」

と班長が、銃は動かさないまま聞いた。すると男は、

「本部ソウイチ(捜査第一課)のスギヤマだ。この件は〈鎌倉のテロ絡み〉としておれが預かる」

どうやら刑事らが言っていた〈派遣される人物〉ってのが来たらしい――それとも、最初からそこでようすを窺ってたんじゃないのか。そのようにも思える登場の仕方だったが、班長はまだ銃を動かさずに、

「へえ。『預かる』って何をだい」

「チャカじゃないよ。だからそれは撤回だ。君らはそのまま出張ってくれ。なんならマルヒを撃ってもかまわん」

「へえ」と班長はまた言って、「日本の警察が言うこととも思えませんな」

スギヤマは班長を忌々しげに睨みつけた。けれども言う。

「マルガイの保護が最優先だ。予知者の感知報告を洗い直してそう決まった。『マルヒを捕まえてみたところで、ただの狂ったカルト女でどうせ出てくるものはない。何か知っててまともに話してくれそうなのは、逃げてきた妊婦の方だ』とな。だからそっちが殺されるのを防がにゃならん」

スジは通る理屈だった。だが信用はできないと思った。バッジを預かる身で言うのもなんだが、警察なんてそもそも信用できない組織だ。特に刑事なんていうのは、事件があってAって男が絶対ホシだと思っても、上の者がBと言うならありもしないその証拠を捏造までしかねない。

そして世間が騒ぐ事件じゃ、上の人間もやいやいと騒ぐ。頭の固いおっさんどもが会議室で頭突き合っているのなら、捜査は迷走するだろう。

いや、既に迷走を始めてしまっているのじゃないかとおれには思えた。このスギヤマという男に『AはAだ』と言えるのか。

班長は銃を納めた。転がされてた刑事は立って、仲間の方へ。

するとスギヤマが、その彼を含めた刑事達に何やらヒソヒソ耳打ちし始めた。おれは見ていて『ほらな』と思った。

おれ達には聞かす気のない話があるのが丸見えだ。同じデカでも本部と所轄じゃやっぱり仲が悪いはずだが、こういうときは共同というわけなのだろう。

こっちも奈緒を含めた五人でまとまった。

「どう思う?」

班長が言うと、佐久間さんが、

「怪しいもんよね。今あんなこと言ってても、イザとなったらあたしら出し抜こうとするんじゃないの」

零子も、「テロ解明に繋がる重要な手がかりを自分達で挙げられたなら大手柄でしょうからね」

奈緒が、「あたしは正直そういう見込みはあんまりないと思うんですけど」

「偉い連中はそう思わないさ」

おれは言って刑事らを見た。

『どんな凶悪犯罪者でも撃ち殺すなどあっちゃならねえ。生きたまま捕まえるのが心意気』――どいつも皆、そんな価値観叩き込まれてきている顔だ。おれ達を見る目玉の中に、《チャカに頼る弱虫どもめ》と書いてあるのが読み取れる。

殺人課の考えは違う。叩き込まれているのはこうだ、『常に最悪を想定しろ』――クルマの免許取るときに教習所で言われたろう。〈だろう運転〉をするんじゃない、〈かもしれない運転〉をしろと。今すぐそこから子供が道に飛び出してくるかもしれない、常にその気で運転しろと――。

あれと同じだ。殺急は、これから殺しが起こる〈かもしれない〉ゲンジョウに突入する。最悪の状況に備えて銃を携えるのだ。そこに『殺しはきっと起きはしない〈だろう〉』と、テレビドラマの主役のように考えるやつがいたらどうなるか。

凶悪犯が武器を持ち、人を襲おうとしていても、犠牲を出さずに生かして捕らえられる〈だろう〉――お偉い人間はすぐそう思う。発砲は最後の最後まで待ちなさい。あ、それから、威嚇射撃にとどめなさい。それも決して、勝手に撃っちゃいけませんよ。まずワタシに報告して、撃っていいか聞くことね。そしたらワタシが上の人に相談して、よく考えてもらいますから。上の人の決めることに間違いはないから大丈夫ですよ。

拳銃持ったシャブ中ヤクザが市民と警官殺しまくって逃亡しても、『いやいや断じて射殺などまかりならぬ』と言っていたのが昭和平成の日本警察。〈SAT〉だの〈SIT〉だのといった特殊部隊までそれが徹底されていた。

そうしてどれだけ人が死に、あるいは大ケガをしようとも、被疑者さえ確保できればそれでいいものとしてやってきた。

それがかつての日本警察。殺人予知者が現れてからさすがにそうもいかなくなって殺急隊が作られたが、未だに警察内部では、『チャカに頼るのはサツカンの名折れ。どんなときでも希望を捨てず被疑者を生かして捕らえる道を探るべき』、などとのたまう風潮が根強い。

立派なようだが〈だろう〉に〈だろう〉を積み重ね、うまくやれば犠牲を出さずに済む〈だろう〉で作戦を立てるバカ参謀だ。そんなやつらが、『オレならたとえどんなに飲んでも絶対事故など起こさん〈だろう〉』と酒をグビグビ飲(や)った挙句にクルマを飛ばしてドッカーン、

《神奈川県警またも不祥事!》

てえのをやってくれやがる。

それでも世間は〈だろう人間〉を持て囃し、見直し論者は『殺急隊から銃を取り上げ、新しく決して人を殺さぬ部隊を作るべき』、などと論説ブチ上げる。

物事をなんでもかんでも悪い方向に考えるのをやめましょう。信じていれば、何事も、いい方にきっと運ぶのです。そうです。テレビドラマのように、最後に都合のいいことがドドンと起きてくれるものです。信じる心がありさえすれば奇跡は起きる。いいようになってくれるといいなという心が奇跡を呼ぶのです。

だから現実の犯罪も、きっとそういうものなのですよ。よってそれを信じる者らで新しい部隊を作りましょう。

なんていうのが後を絶たない。

「だから、あれよ」

零子も奈緒に向かって言った。

「今日のマルキュウ、妊婦なんでしょ。お産で『母体と胎児の命どっちを取るか』と考えたら、普通『母体』と言うわよね。でも選べないやつは、『両方助かる可能性も0.001パーセントあるんですね。ゼロじゃないんだ。じゃあそれでやってください』と言って両方死なせちゃう。後から『話が違うじゃないか。母子(ぼし)ともに必ず助けると言ったじゃないか』と訴訟を起こす、と……」

「つまり、希望的観測?」奈緒は言った。「いい目が出ると決め付けていて現実を見てない? アテが外れればどうなるか、全然考えてもいない?」

「偉いさんなんてそんなものよ」

佐久間さんは言った。それから班長に、

「どうする? 上がそういう考えで動いちゃってるんなら、絶対ゲンジョウで口出してくるわよ」

「『来るな』と言っても、ついてくるだろうなあ」班長が言った。「あのデカの脚、撃っとけばよかった」