コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
08
鶴見署の屋上は、ヘリが着陸できるようには造られていなかった。ヘリはその上3メートルばかりのところでホバリング。おれ達はそこから縄梯子を伝って降りる。制服の奈緒以外の四人は今では突入服だ。
屋上には迎えがいた。いや、いつも〈ゲンジョウまでクルマで案内する係〉ってのがひとりくらい、ダウンウォッシュに吹き飛ばされそうになりながら立って待ってたりするもんだが、今日は違った。私服の刑事らしいのが、何人も並んで待っていたのだ。
縄梯子を最後に降りたのは班長だ。ヘリはすぐに上昇していく。副操縦士がドアのところで縄梯子を引き揚げながら、こちらに親指立てて見せた。
ローターの音が遠のいてくと、班長は居並ぶデカ(刑事)どもに笑ってみせた。
「おやおや、どうもご丁寧に。お出迎えとは恐縮ですなあ」
刑事らは無言だった。おれは予感が当たったな、と思った。こういうときはロクなことにならない。
奈緒を見る。こんな状況は初めてのようだ。脅えた猫のように身を強張らせていた。
班長が言う。「なんだよ。迎えといて挨拶もなしか」
「じき本部から人が派遣されてくる」と刑事のひとりが言った。「この件は刑事部の指揮に従って動いてもらう」
「冗談だろう。そこをどきな」
どかなかった。「こちらも命令されてるんでね」
「だったら上を通してくんな」
と班長は言った。警察組織は縦割りだ。他の部署の人員から何を言われても聞く義理なんてものはない。
先方もそれは承知のはずだった。おれ達に言うこと聞かせたいのなら、おれ達の上に話を通さなければならないのだ。
にも関わらずこうなるのは、上層部も揉めてる証拠。横浜の県警本部ビルは今頃、脱水中の洗濯機みたいにガタガタ音立てて揺れてるのだろう。いや、神奈川だけでなく、日本じゅうの警察官僚がタップを踊ってるのかもしれん。
刑事は言う。「とにかく、こちらも命令なんでね。黙って行かせるわけにはいかないんだよ。お宅らのチャカ(拳銃)を預かれと言われてる」
「なんだ?」と班長。「おいおい。何言ってんのかわかってんだろうな」
「と思うよ。マルヒは女だって話じゃないか。別にチャカなんか要らんだろう。おとなしく出してもらえませんか」
刑事どもはおれ達殺急隊員と違って、殺害阻止対象者のことはマルヒ(被疑者)、要救命者のことはマルガイ(被害者)と呼ぶ。おれ達のように事前に防ぐ役ではなく、事後に出てきて立件・捜査する役だからだ。
そしておれ達も〈事後〉には刑事に合わせた言い方をする――しかし、今はまだ事件は起きていない〈事前〉の段階なのだから、刑事の方がおれ達に合わせた言い方をまだするべきであると言える。
あると言えるが、話がややこしくなるものだから、こちらからそれは言わない約束になってる。だから班長はそれは言わずに、ただ刑事の要求にだけ応えて言った。
「断る」
「はん」と刑事。「〈殺急隊〉なんて威張ってみても、鉄砲がなきゃ何もできない弱虫さんの集まりですか」
並んだデカどもが一斉に、その一言で笑い出した。
「ああ?」佐久間さんがツカツカ歩み出てって言う。「何よ。あんたらもういっぺん言ってみな」
「おうおうおう。姉ちゃんまでが腰にそんなの付けちゃってよ。そんなに人が殺してえか」
「なんですってこの――」
佐久間さんは詰め寄ったが、しかし相手もかなり強そうなやつだった。ヤクザとケンカを重ねてきたような面構えだ。
「とにかくだねえ。殺急さんの好きにやらせて、万一にでもこのマルヒを殺してもらっちゃ困るってえのが上からのお達しなんだよ。チャカを預けてくれないんじゃ通すわけにはいかねえなあ」
「生憎聞けない話だな。こっちは万が一のときには人を殺すのが仕事なんでね」
班長が言うと、刑事は、
「やれやれまったく。こんなやつらがのさばるたあ、日本の警察も地に落ちたもんだよ。いかなる凶悪犯であろうと殺すことなく捕まえる――昔はそれがサツカンの心意気だったってえのに」
「テレビドラマのセリフみたいなもんが言いたきゃ、役者の学校へ行ったらどうだ?」班長は言った。「警察官なんか辞めてよ」
「んだとこの――」
刑事が怒鳴った。その顔に、班長は拳を叩き込んだ。次いで足に払いをかけて転ばせる。
その刑事はスッテンコロリンという感じにひっくり返った。
班長はさらに、その体を踏みつけた。グロックを抜いて銃口を相手の顔に突きつける。
そうして言った。
「わかってるよな。おれは本来の時間では、ここにいない人間だ。だから今、ここでズドンとやったって、あんたの死は予知されない――パラドックスのわかんないやつにゃ、理解できない話だろうな。どうだ、ちょっとやってみようか?」
「よせ、やめろ――」
刑事は言った。班長が本気で撃つとはこの男もまさか思ってないだろうが、銃を向けられて平気でいられる人間もいない。
班長は続けて言う。「ここでチャカに頼るってのもどうも癪な感じだが、お宅らと遊んでるヒマはねえんだよ。通さねえなら脚か腕でも撃ってやろうか。どうだ?」
「てめえ――」
と刑事。そこで班長は、
「おい、どうするんだ!」
並んでいる他の刑事達に言った。
「ほっといたら予知通りに人が死ぬ。邪魔するんならてめえら全員撃ち殺してでもおれ達は通るぞ。どうなんだ、どくかどかねえのか!」
だが誰も動かなかった。逡巡の色で顔を見合わせ眼配せ交わし合うのだが、『決して従うわけにはいかない』といったようすで立ったまま。彼らにしても引くに引けない状況なのに違いなかった。
「ふうん」
と班長。倒した刑事にまた眼を向ける。
「悪いな」ニッと笑った。「撃つしかないみたい」
銃口を刑事の腿の辺りに向けた。
「わーっ!」刑事が絶叫した。
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之