コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
〈カワニシ会〉――その組織に関することを、おれも自分が知ってる限りで思い出してみようとした。けれどもあまり、たいしたものは出てこない。
〈予知システムの廃止〉を叫ぶ数あるカルト団体のひとつだ。大中小と日本国内に何千あるか知れない中で、構成員が万の単位に達するものは二十ばかり。カワニシ会はそのひとつで、確か五万人かそこらの正会員で成り立っていたはずと思う。そうは言っても――。
佐久間さんが、「あそこは数は多いけど、ただの奴隷農場でしょう。予知の廃止はセミナーの勧誘のために謳っているだけじゃなかった?」
そうだ。〈反予知団体〉と一口に言ってもその性格はさまざまで、分類は難しいのだが、しかし大きく分けてふたつ。
ひとつはデモなどの行動で強く社会に訴えていくタイプ。これにヤバイ宗教が絡むと、『人は死んでも楽園に甦るのだからいいのです。予知で防いではいけません』とか、学校で銃や刃物を持った男が暴れても、『それで死ぬ子は前世で悪いことをしてたのだ。その報いを受けさせろ』と平気で言うから物凄く怖い。アメリカなんかそんなやつらが百万人の単位でテロをやっていて、しょっちゅう教会に火を付けたり、豚の血を人にぶっかけたりしているから、その昔にマイノリなんとかって映画を撮った映画監督と俳優は毎日震えているという。
もうひとつは、〈システム反対〉を叫ぶのは上辺だけ。予知の廃止ができないことがわからぬ人間をおびき寄せ、洗脳して財産を奪うエサにするだけのタイプだ。基本的にカネ集めに明け暮れていて、〈社会に対する運動〉なんてものにはあまり重きを置かない。
こっちのタイプは、外から一見する限りでは怖くない。みんなニコニコ献金活動。洗脳後には『ただ組織にカネを貢げば必ず楽園にたどり着く』と信じ切った人間になり、それ以外のことは一切どうでもよくなるのだ。
確か、カワニシ会というのは後者も後者、日本の大きな団体としては最後尾くらいに位置する存在じゃなかったか。予知についてはせいぜいが、『カワニシ会は予知システムの見直しに取り組んでいまーす』とセーノで朗らかに言うくらいのもの。決して大声で叫びはせず、廃止を強く訴えもしない――黒い話は尽きないと言え、テロなどとはまったく無縁だったはずだ。
奈緒は言う。「ともかく今日、これから起こる殺人は、マルタイもマルキュウも共にカワニシの会員であるようでした。ふたりは親子で、だからマルキュウは親としてマルタイを知っていたわけです」
「ふうん」
とおれは言った。予知では殺人者の名前は、殺される当人が知ってなければわからない。もし被害者が間違った名で加害者を覚えていたならば、能力者はその違う名で犯人を認識することになるわけで、まあたまにそういうこともあるようだが、しかしあんまり親の名前を間違って覚える子はいないだろう。今回は別に問題ないはずだ。
「苗字が違うってことは、娘は結婚してるってこと?」
零子がメモを取りながら言った。
「お腹の子は、マルタイにとって孫になるっていうわけなの? ちょっと穏やかじゃない話ね」
「それは……」
と奈緒。大体殺人予知があるのに、人が人を殺そうとする時点でかなりおかしい。とは言え世の中、毎日毎日、そんなおかしな話だらけなのでもあるが、しかし、
「あたしが〈視〉たのは、よくある〈カルトからの脱走を巡る諍い〉という感じでした。娘の方は、『お腹の子をこんなところで育てたくない。どうも昨日の鎌倉のテロも、カワニシがやったことらしい。だからなんとか逃げ出さなけりゃ』と。それを母親が追いかけて、『なぜカワニシが不満なの。〈真の絶対幸福〉は世界でここだけにしかないのよ。実社会なんて悪いところでアタシの孫は産ませないわ!』――で、グッサリ」
「ははあ」
全員で頷いた。なるほど予知があるからって、なくなるはずがない話だ。
ってゆーか、殺人予知のせいで、かえって増えたんじゃあねえか? グッサリとかボッコンとかギュウギュウギュウなんてとこまでいかないやつは、どこの町でも昔から日々何十と繰り広げられてる光景だろう。
狂信に走った人間はもう怪物だ。そりゃグッサリもやらかしちゃうよな。
班長が、「それでマルキュウが『昨日のテロはカワニシ会の犯行』と考えた根拠は?」
「だからそこまではわかりません。殺しを止めて聞いてみるしかないのでは?」
「ふうん……ま、いいけどな」
「もうじき着くぞ」
副操縦士がこちらを振り向いて言った。今日は彼らはそこでおれ達を降ろして終わり――ではなくて、後で上空から各種の機器で支援してくれることになる。
ヘリは高度を下げていった。行く手に警察署のビルが見える。その向こうに青く霞む横浜の海。
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之