コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
07
「ゲンジョウは横浜市鶴見区。鶴見署までヘリで行き、後はクルマで移動する!」
班長が言った。殺急のヘリは緊急着陸が一応認められてるが、だからと言っていつでもどこでも降りていいってものじゃない。まず普通は最寄りの所轄警察署や方面センターの屋上に降りて、車両を借りてゲンジョウへ行く仕組みになっている。区域の道に詳しい者の運転で連れてってもらうのが通常の手順だ。
パクッたマルヒをショッピクのにもそれが都合いいわけで、ホバリングするヘリからロープを伝い降りるのは緊急性が高い場合に限られる。だからいつかのクリスマスにおれと零子で横浜の港にラペリングしたら、後で偉い人達にけっこうガミガミ怒られた。
あの時には他にもいろいろドヤされたけど、民間企業じゃひょっとするとクビなんかな。お役所って実は結構勤めるにはいいところかもしれないね。
「特捜、前田です! あたしが同行します!」
と、お馴染みの殺人予知特捜官前田奈緒がやって来て言った。
おれは思った。なんか嫌な予感がしたんだよなと。全員でちょっと黙って彼女を見た。
「なんですか?」
と奈緒。おれはそれに向かって言った。
「また前田ちゃんかよ。ロクなことにならねえような気がするなあ」
「えーっ、そんなあ」
副操縦士が、「乗れ! 話は飛んでからだ!」
乗り込んだ。ヘリは宙に浮き上がる。
「それで?」
機体が安定したところで班長が言った。
「どういうことなんだ。昨日のテロと関係あるって?」
「あの、それは……」奈緒は言った。「ひょっとしたらちょっと関係あるかもってだけで、よくはわからないんですけど……」
「ほうら見ろ」おれは言った。「なんか前にも似たようなこと言って振りまわしてくれた話がなかったか? あの時は後でさんざんな目に遭ったんだよな」
「ミャーモ」と班長。「黙ってろ」
「今日のは別にあたしだけじゃないですよお。〈視〉た能力者全員がそう言ってるみたいですから」
「そう言えば……」と零子が言う。「鶴見なんて、前田さんの感知範囲ギリギリじゃないの? ハマ(横浜)にだって能力者はいるでしょうに。なんであなたが同行しなきゃいけないの?」
「あたしもそう思ったんですけど、鎌倉のテロと関係あるかもと言ったら上から『行け!』ってなっちゃったみたいで。別に特捜が一緒に行くような事件と思えないんですけど」
「何よ、上の考えだけ?」と佐久間さん。「テロ捜査の手がかりがなんでもいいから欲しいだけかあ」
「まあいい」と班長。「妊婦が殺されると言ったな。中絶テロとどう繋がるんだ?」
〈妊娠〉という言葉だけ拾い上げて見てみれば、なるほどどこかで関係がある話なのかもという感じがしなくもない。だが奈緒は言った。
「たぶんマルキュウ(要救命者)もマルタイ(殺害阻止対象者)も、テロとは直接なんの関係もありません」
ヘリが空中分解して、おれ達は真っ逆様に地上に墜ちた。ってのは嘘だが、後ろのノーターとかいうやつがちょっと一瞬調子が悪くなったような気もした。機体がハラホロヒレハレとなる。
「なんだよそれ!」
「いえその、ですから直接じゃなく、『間接的には関係あるかも』という話なんです。あたしが〈視〉たマルキュウの意識の中にちょっと妙なものがあって。『鎌倉のテロはカワニシによるものだ』と……」
「かわにし?」
と班長。おれは零子が取っているメモを覗き込んでみた。《タ》の字を丸で囲んでるのが平井和子(ひらいかずこ)で、《キ》にマルしてるのが高木絵里(たかぎえり)。
つまり〈対象者〉と〈要救命者〉だ。カワニシって一体なんだ?
「人の名前か?」
「団体名です。カワニシ会」
「なんだと?」
班長が言った。だけでなく、全員がギョッとなって奈緒を見た。
「確かなのか」
「それもわからないんですよ。マルキュウがひとりで勝手にそう思い込んでるだけじゃないのかという感じも……なんたって、ああいう集団のことですから」
「そりゃそうかもしれないが……」
言って班長が首を傾げる。
だが話が本当なら、いきなりテロの犯人が判明しちゃったことになる――いや、そこまではいかないか。カワニシ会は大きな組織だ。しかしとにかく、そこを調べりゃ首謀者が出てくることになる。
〈カワニシ会〉というのはまあ世間では知る人ぞ知る存在だが、おれ達殺人課にすれば常々手を焼かせてくれるお馴染みの集団だった。
奈緒は重ねて「予知ではハッキリしたことは何もわかりませんでした」と言う。それもまたいつものことだ。殺人予知者が感じ取るのは、不慮の死を遂げる者の魂が最期に上げる悲鳴のようなものだけだから。
思考は当然混乱したものになり、そこから正確な情報を汲み取るのは容易でない。どんな事情でこれこれこうして人殺しが起きますよ、とハッキリわかるほどに便利なものじゃないのだ。
「だからマルタイを捕まえてみて、何か知ってることがないか聞いてみようとなったみたい」
「で、念のため特捜官も行かせようとお偉方が言い出して、前田ちゃんがついて来ることになったんだな。けどなあ」
と班長は言って佐久間さんを見た。
「カワニシなんかが昨日のテロにマジに関係してると思うか?」
「うーん」と佐久間さんも首を捻って、「ちょっとどうかとは思うけど」
カワニシ会――その組織に関することを、おれも自分が知ってる限りで思い出してみようとした。けれどあまりたいしたものは出てこない。
予知システムの廃止を叫ぶ数あるカルト団体のひとつだ。大中小と日本国内に何千あるか知れない中で、構成員が万の単位に達するのは二十ばかり。カワニシ会はそのひとつで、確か五万人かそこらの正会員で成り立っていたはずと思う。
そうは言っても――。
佐久間さんが、「あそこは数は多いけど、ただの奴隷農場でしょう。予知の廃止はセミナーの勧誘のために謳っているだけじゃなかった?」
そうだ。一口に〈反予知団体〉と言ってもその性格はさまざまで、分類は難しいのだが、しかし大きく分けてふたつ。
ひとつはデモなどの行動で強く社会に訴えていくタイプ。これにヤバい宗教が絡むと「人は死んでも楽園に甦るのだからいいのです。予知で防いではいけません」とか、学校で銃や刃物を持った男が暴れても「それで死ぬ子は前世で悪いことをしてたのだ。その報いを受けさせろ」とか平気で言うから物凄く怖い。アメリカなんかそんなやつらが百万人の単位でテロをやっていて、しょっちゅう教会に放火したり豚の血を人にぶっかけたりしているから、その昔にマイノリなんとかって映画を撮った映画監督と俳優は毎日震えているという。
もうひとつは、体制への反対を叫ぶのは上辺だけ。予知の廃止ができないことがわからぬ人間をおびき寄せ、洗脳して財産を奪うエサにするだけのタイプだ。基本的に金集めに明け暮れていて、社会に対する運動なんてものにはあまり重きを置かない。
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之