コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン
「けど、中絶反対テロ?」零子が言った。「これ、真意だと思いますか?」
「何が言いたい?」
「〈中絶テロかもしれない〉というのは、『産科に爆弾』と聞いたときからひとつの可能性として考えてはありましたよね。海外では結構ある話だから、『ひょっとしていつかこの日本でも』と言われていないわけでもなかった」
「そうだ。だから『ひょっとしていつか』のその日が今日やって来た――」隊長は言った。「そういうことじゃいけないのか?」
「だっておかしいですよ! こんなの、とても本当のことと思えない!」
「それを言うならテロなんてみんなそうなんじゃないのか? 林、こいつらはもうひとつ要求してるぞ。〈予知システムの廃止〉だ。〈中絶禁止〉は国によっちゃあ法律にしてるところもあるだろう。だが予知となると絶対に無理だ。こいつらはできないことを要求してる」
「できることとできないことを同時に要求?」
「そうなるな。どちらも無茶な要求だが、〈やってできなくもないこと〉と、〈決して実行不能なこと〉では、同じ無茶でも大きく違う。牛丼十杯食えるやつも世の中にはいるだろうが、百杯胃に入るやつはいくらなんでもいねえだろうよ」
「海外の例はどうですか。〈中絶反対〉の運動家は、ほとんどが予知システムも『廃止しろ』と言ってるはずです。彼らに違いが理解できるとは思えません」
「確かにそうだ。アメリカ南部じゃ頻繁に中絶テロが起きてるし、そいつらは決まって予知も廃止しろと言う……けど、どうなんだろう。やっぱりそいつら、ふたつの問題を一緒のもんとみなしてるのか?」
「まあ、見てるんじゃないですか。『元はと言えば根はひとつ、ユダヤが世界を陰で操ってるからだ』、とか言っちゃって……」
「かもしれないが……しかし今日の病院のテロは、予知で未然に防がれるのを前提にした犯行だろう。これって、矛盾してないか。廃止論者はシステムをそもそも信じてないのが普通だ。『予知など当たるもんか』という考えなのに、自分がテロをやるときは予知が当たるのをアテにするのか。ずいぶん都合のいい話では?」
「どうでしょう」
零子は言った。考えた末に、わざと自分の思いとは逆の意見を述べる口調で、
「狂信者の考え方が矛盾だらけなのは当然でしょう。物事をすべてネジ曲げて解釈し、都合の悪いことは無視する。てんでメチャメチャな計画でも、『自分の作戦は完璧で失敗は絶対に有り得ない』と信じ込むのが彼らの常です」
「計画してる段階ならな。けど、実際にやるとなったらそれも違ってきそうじゃないか? 今日、こいつらが爆弾を仕掛けたのは産科だぞ。赤ん坊が大勢泣いたり笑っているところに直接立ってみて、迷いが生じなかったのか? 『もし予知がされなければ子供が吹っ飛んでしまう』とか――良心が残っているなら考えてもよさそうなものだ」
「テロリストに良心を期待するのですか?」
「そうだよ。『お腹(なか)の子を殺すな』ってやつらなんだろう? よっぽどマジメで善良ってこった」
「たんに教義で中絶を悪と見ているだけのことかもしれません。中絶をしてる病院で生まれた子供は死んでいいと考えるのかも」
「そんなことを言っちゃったら日本の産院は全部そうじゃん」
「ええ。ですから、たとえば外国の事例を何も考えず真似しているなんてことは? 『革命に犠牲はつきものだ』、と言い張るのがテロリストの常です。まともな意味での良心は元より期待できません」
「だが海外の例としても、新生児のいる場所に爆弾を仕掛けるほどの無茶は少ないんじゃないか? 大概は堕胎手術医のクルマをドカン、といったやり方のはずだ。今日のやり口は尋常と言えん。つまり――」
隊長は言葉を切った。零子は言った。
「本当の狙いは別だ」
「林はそう言いたいわけだな。『声明はホシの真意じゃない。実は別の狙いがある』、と。いいだろう。だが、なんだ? まず第一に〈ただの愉快目的〉というのがあるが、こいつはとてもそうは思えん」
「はい。空き家を実際に爆破してるわけですよね。動画を撮った〈五時半〉というのが工作された時刻でない保証はありませんが、仮に正しいものとして、これは本来の時間ではちょうど病院で爆発が起こるはずだった頃です。鎌倉市内の騒ぎもいちばん大きくなった時間と言えるのじゃないでしょうか。マスコミの中継車が集まって避難者にカメラやマイクが向けられ始め、病院の中で二発目の爆弾が起爆して居残った人が犠牲になるかもしれないと報道されていた頃合いです。だったらそのタイミングで空き家を爆破してもよかった。それを八時まで遅らせたのは、予知が再びできる時刻を待つためと、声明の内容を社会に印象づけたい理由があるからでしょう。動画を最小限度まで短いものにしているのも、そのためだと思います。並の愉快テロならば、病院に仕掛けたのはヤバ過ぎと気づいて空き家の爆破はやめていたかもしれない。これは、愉快犯じゃありません」
おれは横で聞いてて頭がクラクラした。なんだか知らんが零子がそう言うんなら、愉快犯じゃないんだろう。しかしよくまあこうもペラペラと口から言葉が出るもんだ。脳に何か変な虫でも寄生してるんじゃないのか。
そこで木村班長が言う。「だがそれでも劇場型の性格はあるぞ。鎌倉を選んだところといい、狙いが世間を騒がすことにあるのも間違いないんじゃないのか」
「はい。しかし目的は、中絶や予知の廃止じゃないでしょう。ホシの狙いは、おそらく実現可能なことです。中絶テロを仕掛けながら予知の廃止をオマケで要求につけたのは、それが実現不能だから。ホシは自分の要求が通らないと知っている。わざと通らぬ要求をするのは、欲しいものが別にあり、この計画で手に入れられるとの確信があるからでしょう」
別の班の班長格の隊員が、「今の段階でそこまで言うのはどうかという気がするが」
「『ホシ自身のつもりとしては』、という意味です。やはりどこか気が狂った人間で、その計画もてんでイカレたものなのかもしれません。しかし『どうせ狂人だろう』と言うのも早い気がします。これまでの動きを見ただけでも、かなり細かく計算された犯行のような……」
班長が言う。「お前がそう見るだけで、ホシはたいして考えてないということもある。マンガで読んだ犯罪をただなぞっているだけとかな」
「それだとやはり愉快犯? けど、やっぱり……」
「ああ。確かに何かおかしい。よくある廃止団体の信者集めテロとも思えん」
「いつかの狙撃事件ですね」
零子はちょっとおれを見てから、
「あの狙撃は、カネと信者を集めるのに大きな効果があったものと言われています。ですが、今度のはどうなんでしょう。また病院が舞台ですが……」
「どうだろう」隊長が言った。「そりゃ、あのテの団体は、利用しようとするだろうが……」
作品名:コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン 作家名:島田信之