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コート・イン・ジ・アクト6 クラップ・ゲーム・フェノミナン

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05


 
 
『中絶は神に背く行為である』
 
画面の中でスキーマスクを被っている男が言った。廃屋らしい汚れた壁の乱雑な部屋。同じように顔を隠した者が数人、そのまわりに立っている。
 
『我々はこれを認めない。日本政府が中絶を許し続ける限り、我々は神に代わって堕胎する医師に制裁を与えるだろう。要求は次の二点である。ひとつ、日本国内における堕胎手術絶対禁止の法令化。もうひとつは殺人及び事故死未然阻止法の撤廃――すなわち、いわゆる予知システムの廃止である』
 
男の手には爆弾らしきものがあった。カメラに向けて突き出してくる。デジタル時計のようなものが付いていて、青い光が《17:31》との表示を出していた。
 
午後五時半ということだろう。男が横のボタンを押すとその間だけ表示が《20:00》となって、離すと《17:31》に戻る。
 
男はさらに前に手を伸ばしてくる。それは録画のスイッチを切るための動作のようだった。一瞬画面が揺れたと思うと真っ暗になる。
 
それだけだった。後に何かあるかと思ったが消えたまま。
 
「え?」隊員のひとりが言った。「これで終わり?」
 
隊長が答える。「そう。一分もありゃしないな」
 
「でも、中絶反対って……」
 
目をパチパチさせていた。いや、全員がそうだった。みんなで顔を見合わせる。
 
「冗談でしょ?」「いや、もしやとは思ってたけど……」「でも、まさか」「ねえ」「そんな、いくらなんでも……」
 
中絶手術反対テロ! この犯人の目的はもしやそれではないかというのは、実は誰もが考えてないことでもなかった。産科に爆弾と聞いた時から、可能性として有り得るものと推定されたことですらあった。
 
一応はだ。海外では例の多いことでもある。だからひょっとしてこの日本でもいつか起こるかもしれないと、予てから言われてきたことでもあった。
 
しかし、まさか本当に! 殺人課に属していればイカレた話は慣れっこになる。サツカンという職業自体が世の中おかしな人間だらけだから成り立ってるとさえ言える。
 
電車の中でシコシコやって女に白いものをひっかける痴漢とか、一度屍姦がしてみたかったと言って若い女の死の通夜席に忍び込んじゃう野郎とか、そんな変態がウヨウヨしてる。それが浮世というものだ。殺急隊に入ってみれば宇宙人からの電波を受けて夫を殺そうとする妻だとか、「この俺は織田信長の生まれ変わりであいつの前世は光秀だから殺(や)らなきゃならない」とか言うやつを止める仕事ばっかりだ。
 
だから予知があるからと言って故殺が無くならないのはもちろん、犯罪が減るなんてこともありはしない。人はどこまでも愚かしい。しかし、中絶を禁止せよとは……。
 
たんに異常な犯罪者と呼ぶだけでは済ませられない空恐ろしいものをおれは感じた。ただでさえマイノリテリポ星人の侵略にウンザリさせられてるというのに、ひょっとするとそれ以上に厄介な人種を相手にすることになるのではないか?
 
おれはまわりを窺ってみた。やはり誰もが同じことを考えている顔つきだった。
 
中絶テロは欧米でなら結構ある話かもしれない。しかし日本社会ではまずほとんど起こり得ないと思われていたものだった。それがどうして? マジでこれから犯行を続けるつもりなのか?
 
「この動画が流されたのが今から十分ほど前だ」と隊長が言う。「二十時ほんの数分前――そして二十時きっかりに鎌倉市の北の外れで爆発が起きた。空き家になってた家がドカーンとな」
 
おれは自分の腕時計を見た。午後八時を何分か過ぎ。
 
つまりその爆発はたったいま起きたばかりということになる。
 
「被害は?」とひとりが言うと、
 
「調査はこれから――どころか、今頃最初のサツカンがゲンジョウに着くか着かないかさ。けど多分、人的な被害は何もないんじゃないかな。この映像を見る限り、ホシは人を殺す気だとは思えん」
 
「病院のホシと確かに同じなのでしょうか」
 
決まってるだろ、と言ってはいけない。野良猫と頭のおかしな人間は町の至るところにいるのだ。事件があれば「私が犯人なのです」と関係ないのに名乗り出てくる変な自首星人にいつかあなたも転んで頭を打った途端になっちゃったりするかもしれない。
 
テロがあれば「それは我らの犯行だ」と横取り声明出すようなイカレ集団もないとは限らん――しかし、
 
「まず間違いないな」隊長は言った。「このビデオの爆弾の形や時限装置は今日の病院で出てきたのとほぼ同一のものと言える」
 
電子ボードを操作して、さっきの動画から爆弾がアップになったコマを選んで拡大させる。普段はハイテク機器を嫌って会議は黒板にチョーク書きのこの隊長も、そうそういつでも自分好みを通すわけにはいかないようだ。もっとも電ボの後ろにはいつもの黒板がデンと控えられていて、キャスター付きのハイテクボードはいつでもすぐにどけられそうな按配になってるが。
 
隊長は続けて一枚の画像をボードに表示させた。あの病院の産科病棟で発見された爆弾の写真だ。
 
こいつは今日におれ達が初めて見るものじゃなかった。他にもあるかもしれない爆弾を探して病院じゅうを隈なく見てまわるため、おれ達が既に見せられていたものだ――しかしあらためて比べてみると、ふたつの爆弾の特徴がどうやら一致するのがわかる。
 
「けど、中絶反対テロ?」零子が言った。「これ、真意だと思いますか?」
 
「何が言いたい?」
 
「中絶テロかもしれないというのは、産科に爆弾と聞いた時からひとつの可能性として考えてはありましたよね。海外では結構ある話だから、ひょっとしていつかこの日本でもと言われていないわけでもなかった」
 
「そうだ。だから〈ひょっとしていつか〉のその日が今日やって来た――」隊長は言った。「そういうことじゃいけないのか?」
 
「だっておかしいですよ! こんなの、とても本当のことと思えない!」
 
「それを言うならテロなんてみんなそうなんじゃないのか? 林、こいつらはもうひとつ要求してるぞ。予知システムの廃止だ。中絶禁止は国によっちゃあ法律にしてるところもあるだろう。だが予知となると絶対に無理だ。こいつらはできないことを要求してる」
 
「できることとできないことを同時に要求?」
 
「そうなるな。どちらも無茶な要求だが、やってできなくもないことと決して実行不能なことでは、同じ無茶でも大きく違う。牛丼十杯食えるやつも世の中にはいるだろうが、百杯胃に入るやつはいくらなんでもいねえだろうよ」
 
「海外の例はどうですか。中絶反対の運動家は、ほとんどが予知システムも廃止しろと言ってるはずです。彼らに違いが理解できるとは思えません」
 
「確かにそうだ。アメリカ南部じゃ頻繁に中絶テロが起きてるし、そいつらは決まって予知も廃止しろと言う……けどどうなんだろう。やっぱりそいつら、ふたつの問題を一緒のもんとみなしてるのか?」
 
「まあ、そうなんじゃないですか。『元はと言えば根はひとつ、ユダヤが世界を陰で操ってるからだ』とか言っちゃって……」