アレルギーと依存症と抗体と
と主催者は半分困惑していたが、それでも参加者が多いことに越したことはなく、
「いい思い出をたくさん作ろう」
というのが、コンセプトになった。
参加者には、もちろん上杉も入っていたが、上杉は毎年参加していなかった。二年生の時は、
「家庭の事情」
ということで、辞退していた。そのため、参加メンバーから外れていたのだ。
さすがにあすなは寂しかった。
普段から、意識しなくても、いつもそばにいてくれていた相手が、団体の中にいないというのは寂しいというよりも、少し怖い気もした。二年生の時のキャンプでのあすなは、まるで借りてきた猫のようだったとまわりからは言われていて、本人も、キャンプの期間中の記憶はほとんどなかったのだ。
三年生の夏のキャンプの時、
「今年は、上杉君はもちろん参加するわよね?」
と聞いたが、
「大丈夫、今年は参加できるよ」
とあすなに答えると、あすなは満面の笑みを浮かべて、
「一緒に参加しましょうね」
と言った。
一年生の時のキャンプでは、上杉がいないということを想像もできなかったので、
「いて当たり前」
という意識から、上杉を必要以上に意識しないようにしていた。
そういう意味で三年生の時のキャンプは、一年生の時とも二年生の時とも違った大きな意味を持ったキャンプだと思っている。
「本当の意味での初めてのキャンプになるかも知れない」
と、あすなは感じていた。
キャンプ前のあすなの心情は、最高潮だったに違いない。
小学生の子供が、遠足の前の日に、気持ちが高ぶって眠れないという状況によく似ている。
あすなは自分でもその気持ちは分かっている上で、子供のような気持ちを純情な思いだと感じることで、最高潮になっている自分の気持ちを納得させようとしていた。だが、なかなか納得できるものではなかった。納得することでせっかくの有頂天になっている気持ちが冷めてしまうことを嫌ったのだ。
キャンプは二日間だったが、例年に比べて長く感じられた。特に最初の一日は皆夜遅くまで起きていて、翌日の行動は少し遅めから始まった。
その日、あすなは他の人よりも少し早く目が覚めた。早く目が覚めたと言っても、普段と同じ時間に目覚めたということで、体内時計が作動したのだろう。
ただ、頭は正直回っていたわけではなく、半分夢遊病のような感じで、フラフラと表に出た。気が付けば、森の奥まで入り込んでしまい、
「ここ、どこなんだろう?」
と、自分が迷ってしまったということを自覚した時、やっと目が覚めたような状態だった。
迷ってはいたが、戻れないことはないとも思った。それは林を掻き分けて歩いてきたのが分かったので、掻き分けられているところを逆に辿れば元の場所に戻れるのが分かったからだ。寝ぼけてはいてもそのあたりの発想には長けていた。
「あすなは、どこに行っても生きていけるよ」
と、口の悪い人に言われたことがあったが、
「それもそうね」
と、軽く返したあすなも、まんざらでもないと思っていた。
あすなは、寝ぼけてはいたが、それほど遠くまで来たという意識はなかった。
――少し歩けば、元の場所に戻れる――
と感じていたが、思っていたよりも結構奥まで入ってしまっていたようで、なかなか元の場所に戻ってくることはなかった。
――まっすぐに歩いていたつもりだったのに、結構曲がって歩いてきたようだわ――
掻き分けられた林の先がなかなか見えてこない。それだけカーブを描いている証拠であり、決まった方向にばかりカーブを描いているわけではないのは、何か目標があって歩いてきたのかも知れない。
「夢遊病の人というのは、本当の夢と一緒で、潜在意識で動いているので、何か気になっているものがあったら、そっちに向かって正確に歩くらしいよ」
という話を聞いたことがあったが、自分が無意識に歩いてきたのを見ていると、どこを目指していたのか、よく分かっていなかった。
――でも、もうそろそろ戻ってもいいんだけどな――
と思いながら歩いていたのは、見たことのある光景が見えてきたからだった。
普段はそんなに遠くまで行くことはない。見たことがある光景だと思ったのは、本当に昨日のことだったのかも怪しいものだ。ひょっとすると、去年のことだったのかも知れないし、まさかの一昨年だったのかも知れない。
急に目の前に、
「見たことがある光景だ」
という思いを抱かせる景色を見た時、その記憶がいつのことだったのか、分からなくなることは往々にしてある。一年に一度しか来ないとしても、それは昨日のことなのか、去年のことなのか、さらには一昨年のことなのか分からないという思いは、今に始まったことではないが、この思いを抱いた時というのは、
――何かが起こる前兆ではないか?
と感じることが多かったのを意識している。
それがいいことなのか、悪いことなのか、自分でもよく分からなかった。
その時も確かに何かが起こるという前兆はあった。胸騒ぎからの背筋に寒気を感じたのだったが、場所が場所だけに、そのままその場から急いで立ち去りたいという思いと、その場を動くことの危険性を感じさせるものとが両立していた。
どちらの気持ちが強かったのかは分からないが、あすなは恐怖を感じた時、
――その場から早く立ち去りたい――
と強く感じる方だった。
本当は動いてはいけないのに、動いてしまって何かがあっても、それは仕方のないこととまで感じていたほどだったのだ。その場にいて何かがあって後悔するよりも、立ち去ったことで何かを被るのであれば、立ち去った方がマシだと考えていた。
あすなは、恐怖を感じたことで、足早になった。
「おや?」
何かに触れたような気がした。
恐怖が走ったことで、急いでその場から立ち去ろうとしたその時、足に痛烈な痛みを感じた。
その痛みは突き刺すような痛みと、抓まれたような痛みが同時に襲ってきた。その後徐々に、足が腫れあがってくるのを感じた、すでにその時には歩くことはできないほどであった。
「誰か、誰か助けて」
何とか、大声を出して助けを呼んだ。
「おーい、誰かいるのか?」
と聞き覚えのある男性の声、それはキャンプを企画している人の声だった。
――ということは、事務局はすぐそこだったんだ――
と、本当に近くまで帰ってきていたことを自覚した。
気が遠くなるのも時間の問題だと思いながら、人が寄ってくるのを感じた。
最初は三人ほどだったのだが、どんどん増えていき、人の覗き込む顔で、空が見えなくなったその時、スーッと意識が消えていき、そのまま気絶してしまったようだった。
「おーい、大丈夫か?」
という声が聞こえる。
その時に身体を揺らしたということを後から聞いたが、揺らされたという意識はすでになかった。
あすなはそのまま気絶し、救急車で病院に運ばれた。気が付けば病院の処置室だったが、
「もう大丈夫だ。どうやら、スズメバチに刺されたらしい」
あすなは、ゾッとした。
作品名:アレルギーと依存症と抗体と 作家名:森本晃次