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アレルギーと依存症と抗体と

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「そうだと思うよ。だからさっきお前が言った『反省はするけど、後悔はしたくない』という感情になるんだと思うんだ。お前はちゃんと無意識にだけど、『抗体を作りたくない』という感情を持っていることになるんだろうな」
「抗体という意味で、お前はアナフィラキシー食という言葉を知っているかい?」
「極度のアレルギーの一種だよね。スズメバチに刺された時によく聞く」
「ああ、お父さんも一度ハチに刺されたことがあって、その時に医者に言われたんだが、抗体がお父さんの身体にもできているってね。ただ、それはあくまでもハチの毒に対してのことであって、恋愛に対しての抗体という意味ではない。でも、恋愛に対しての抗体を感じさせたのは、紛れもなくハチに刺された時にできた抗体だったんだ」
「ハチに刺されたのは、いつのこと?」
「子供の頃のことだよ。身体にできた抗体は自分だけのものなんだって思うんだけど、恋愛に対してできた抗体は、ひょっとすると遺伝しているかも知れない。だからお前にも恋愛に対しての抗体があるんじゃないかと思ってね」
「あったらどうなんだい?」
「友達以上恋人未満という考えが抗体だとすれば、それがお父さんから遺伝した抗体の一種ではないかって思う」
「そんなバカなことはない。もし僕に抗体があるとしても、それは僕だけの感情から生まれたものであって、遺伝などというものではない」
「そう言い切れるかい? だってお前は今まで人を好きになったわけではないんだろう?」
「そうだけど、僕の中に友達以上恋人未満の感情があったからと言って、それが抗体だって言いきれないだろうし、ましてや遺伝などというバカげた考え、僕は断固として否定するよ」
 お父さんは少し黙ってしまった。
――お父さんはどうして今頃現れて、自分にいろいろ話をするんだろう?
 抗体の話にしても、挑戦的な言い回しで、次第に口調も挑戦的になってきている。
――何か俺に話すことで、自分の中の納得できないことを納得させようとしているんじゃないか?
 とも感じた。
 最初は、別れてからのことをいろいろ知ることが目的だと思っていたが、逆に自分の気持ちが上杉に共鳴するかしないかで、自分たちの親子関係に何かの納得を見出そうとしているように見えてきた。
 遺伝の話にしてもそうだ、
 普通に考えれば、自分たちを捨てて出て行った当の本人が、「どの面下げて」息子の前に現れるというのだ。しかも挑戦的な言い方をしてである。高圧的に見られても仕方がないだろう。
「お母さんも幸せにやっているようだな」
「そうだね。俺には関係ないけど」
「新しいお義父さんは嫌いなのかい?
「嫌いというわけではないけど、あの人はお母さんの夫というだけで、俺の父親というわけではない。そういう意味で関係ないと言っているんだよ」
「そんなことは分かっているさ。急に家にいるのが辛くなってくるんだろう?」
「そうなんだ。お母さんがこの人と再婚するって言った時、別に驚きもしなかったし、嫌な気もしなかった。でもある日突然嫌になってしまったんだ」
「どうしてだか分かるかい?」
「いや」
「それはきっと鬱状態に入ったからだと思うんだ」
「鬱状態? でも、ずっとその状態は続いているんだよ」
「普通の躁鬱症なら、確かに、鬱状態と躁状態と定期的に交互にやってくるものなんだけど、お前の場合は、自分の意識していないところでの鬱状態なんだ。普段からずっと潜在しているもので、たまに表に出てくるが、それが鬱だとは思わないほど軽度なものなんだ。だからお前には鬱状態という意識はなかったと思う」
「確かに言われてみると、そうかも知れない」
「それが、お前の中に抗体がある証拠じゃないか。躁鬱症の人は、抗体を持っていても、その抗体が作用しなかったり、躁鬱症が発症した時点で、抗体が破壊されたりしているということになるんだ」
「じゃあ、躁鬱症も皆発症する可能性を持って生まれてきているということになるのかな?」
「そういうことだと思うよ。躁鬱症が発症するタイミングがあったとしても、抗体の力がどれほどのものかによって発症しても、本人の意識しない程度のものであったり、実際に発症しない人もいる。お前の場合は、発症しても軽度なものだったんだろうな」
「でも、皆ハチに刺されたから抗体ができたんじゃないの?」
「そんなことはない。皆生まれつきに抗体は持っていて、ハチに刺されると、それが活性化される。ただ活性化されただけでは効力は薄いけど、何かちょっとした刺激で抗体が反応しやすくなる。ハチに刺されたりしていない状態の人でも、抗体はあるんだから、過度の刺激に遭うとまず抗体が活性化され、それによって刺激を抑えようとする、でも、その時の反応の具合によって却って症状が悪くなることがあるんだけど、それがいわゆるアナフィラキシーショックというやつだ」
「それは聞いたことがある。だからハチに一度刺されると、二度目は危ないっていうよね」
「ああ、そうだ。だからお前もスズメバチには気を付けなければいけない。でも、違う虫に刺された場合、却ってそれが抗体の抑制に繋がることもある。お父さんが言いたいのは、すべての場合でアナフィラキシーショックを起こすわけではないということだ。ただし、この場合もショック状態に陥った時、手当の手順を間違えないようにしないといけないということになるんだけどね」
「それと、恋愛とどういう関係があるんだい?」
「お父さんは、他の人に本気になってしまったんだけど、それがいけなかったんだろうね。相手に本気になられると冷めてしまう人がいる。お父さんはそのことを思い知った。その時、自分の中の抗体が作用して、精神的に立ち直ったんだけど、何かのショックを感じたんだ。それが何だったのかハッキリとは分からないけど、お母さんと結婚した頃のことばかりが頭の中を巡ったものさ。もちろん、お前のことも気になったんだが、それ以上にお母さんと二人きりの時の時間だけが頭に残っていてね。その時に抗体の存在を知ったのかも知れない。お母さんの抗体とお父さんの抗体が反応したんだろうね」
「お父さんは帰ってこようとは思わなかったの?」
「それはなかった。どの面下げてという気持ちもあったけど、本音は一緒にいるとお互いの抗体は反応しない。今の状態で、距離を保ったままお母さんの思い出の中で生きることをお父さんは選んだんだ」
「何か、それって寂しくない?」
「まわりから見ているとそうかも知れない。でも、お父さんは抗体のおかげで、適度な距離に幸せを見出した。お父さんが感じていたんだから、お母さんもそうだったんじゃないかな? でも、お母さんには現実問題としてお前を育てなければいけないという意識があったので、夢の中だけにいるわけにはいかなかったのさ」
「もし、それが本当だったとしても、お父さんにとっては、あまりにも都合のいい発想にしか思えないけど」
「それを言われると何も言えなくなってしまうんだけど、そういう生き方もあるということなんだ。実は、お父さんは最近まで抗体のおかげで、お母さんとの適度な郷里の中で、一人でいても、寂しいとは思わなかった。お母さんも大変だっただろうけど、寂しさは感じていなかったと思うんだ」