アレルギーと依存症と抗体と
「じゃあ、どうしてお母さんは再婚したの?」
「お母さんの方で抗体を壊したんだよ。きっと何かに気が付いたんだろうね。お父さんは最近、お母さんのことが思い出せなくなった。何かあったんだって思ったよ。再婚したというのは、最近になって聞いた。それが理由だってすぐに分かった。これでお父さんとの縁は切れたんだってね」
「お父さんはそれでいいの?」
「ああ、もうお父さんとすれば満足だ。寂しさも感じていない。でも、一度お前に遭って見たくなったのは、お前にもお父さんと同じような抗体があるのを見てみたかったんだ。お前には幸せになってもらいたいし、そのためにいろいろ話したいと思ってね。お前にはお父さんと同じように、『友達以上恋人未満』の女性がいるだろう? その女性、結構潔癖症なところがあるような気がする。それでいて、白馬の王子様を待っているようなところもある。やっぱり、お父さんが好きになった人と同じような女性を好きになるようだな」
「お母さんもそうだったんだね?」
「ああ、だからお前にはお父さんと同じように離婚をしてほしくない。きっとお前はその女性の抗体と反応しあって、お互いを好きになる。それは一種のショック状態のようなものなんだ。よく言うだろう? 『電流が走ったような』って、それと似たような現象になるんだ。一口に電流が走ったと言っても、言葉だけだといろいろなパターンがある。だから、そのパターンの一つでも感じると、人はその人を好きになるんだ。お前の場合はアナフィラキシーショックなんだ。言われているような過度なショック状態ではなく、恋愛におけるショックなので、心地いいと感じるかも知れない」
「それで?」
「相手の女性はきっと誰かを本気で好きになるのは二度目だろうね。だから、それ以上他の人に本気にはならない。しかし、お前は初めてなんだよ。だから、二度目がありうる。お父さんのように……」
「それは、アナフィラキシーショックだから?」
「そうだね。一度目は抗体と反応して、起こるもの、二度目は抗体に触れずに起こるものなんだ。その二度目は厳密には抗体に反応するんだけど、それはハチの毒によって身体にできた抗体に反応するんだよ。だから、自分の中で最初の時には、『この人を好きになるかも知れない』と感じたとしても、二度目には感じないんだ」
「ハチに刺された人に、二度目があるということなのかい?」
「そうだね、人によって、ハチの毒でできた抗体と反応するのは一度目の場合もあるけどね。だけど、二度目はきっとくると思うんだ。その時にどう自分で対応できるかが問題だと思う」
「今のうちから、そんなこと言われても、対応なんて思いつかないよ」
「それでもいいんだ。意識さえしているだけで全然違うからね」
「僕は、あすなを好きになるかも知れないと思っているんだけど、それは、抗体によるものなのかな?」
「きっとそうだと思うよ。特にお母さんに似たところがあるから、余計に彼女の気持ちも分かっているはずだからね」
「ああ、よく分かっているつもりだよ。きっと彼女の中で、俺が知っていると感じていることよりも、かなり知っているように思っている。自信過剰なのかも知れないけどね」
「いやいや、それくらいがいいんだ。彼女に対して謙虚になる必要はない。お前はお前の道を行けばそれでいいんだ」
「お父さんは、それを伝えに僕のところに?」
「そうだよ。今のうちに言っておかなければいけないと思ってね」
「ありがとう」
そう言って、とりあえずその日は、父と別れた。
なかなかあすなに告白できない上杉だったが、就職して仕事も落ち着いてからやっと告白に踏み切った。優柔不断というよりも、お父さんの話はその時は分かっても、次の日になると、信憑性が一気に薄れてきたからだ。それでも思い切って、
「付き合ってほしい」
と告白すると、あすなは目に涙を浮かべ、
「その言葉待っていたのよ」
「白馬に乗った王子様ではないけど」
「いいの。私にとっては、王子様なんだから、それよりも私、かなり男性依存症なんだけど、それでもいいの?」
「大丈夫」
上杉は自信を持って答えた。
二人は、その後、仲睦まじく付き合っていた。あすなは、母のことも父のことも知っていたが、父との再会に関しては、最近やっと話すことができた。どうして、話さなかったのか自分でも分からなかったが、それを聞いたあすなは、
「お父さんとは、これ以上会わないでほしいの」
「どうしてなんだい?」
と訊ねると、あすなは無言で下を向いていた。
理不尽に思った上杉だが、
――そういえば、お父さんが俺に会いに来てくれた時、まくしたてるように話したけど、あれは、あすなの反応を分かっていてのことだったのかも知れない――
つまりは、もう会うことも難しくなるであろう息子に、心構えを叩きこんでおくくらいの気持ちがあったからなのかも知れない。
二人はゆっくりと愛を育んでいた。だが、二人の中には爆弾があった。
一つは、上杉がもう一度誰かに本気になるかも知れないという父親のような運命を背負ってしまうということ。もう一つはあすなの中に燻っているであろうアナフィラキシーショックがシンデレラコンプレックスといつ反応を起こすかも知れないという発想で、そうなってしまった場合の可能性が計り知れないという思いがあることだった。
「アナフィラキシーショックとシンデレラコンプレックス」
抗体に反応することで死に至らしめるというアナフィラキシーショック、そこからすべてが始まるような気が、心の片隅に燻っている上杉だった……。
( 完 )
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作品名:アレルギーと依存症と抗体と 作家名:森本晃次