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アレルギーと依存症と抗体と

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 二階建てのアパートは八部屋あるようだった。狭い通路の玄関扉の横には、昔の二層式の洗濯機が置かれていて、本当に昭和そのものだった。父の部屋は二階の奥になっていて、同じように、二層式の洗濯機が表に置かれていた。
 スーツを着こなして仕事をしているわりには、あまりにもみすぼらしいアパート暮らし、信じられないという思いが強かった。
 父はその思いが分かったのだろう、カギを開けながら、
「俺が今の仕事になったのはつい最近なんだ。それまでは、一介の作業員でしかなかった」
 そういえば、元々お父さんは離婚するまでは、サラリーマンだったはず。スーツ姿は子供の目として焼き付いていたが、あくまでも子供の目なので、今の父の変わり果てた姿には違和感を感じるまでもなかった。
「さあ、入って」
 そう言って、父は先に入り、部屋の電気をつけた。
 洗濯物や、ごみなどが散乱している姿を想像していたが、結構片づけられているのを見ると、少し安心した。部屋自体はこじんまりとしていて、家具らしいものはほとんどなく、自炊もしていないのか、食器棚もなかった。
「こんなみすぼらしい生活に、驚いただろう?」
「ああ、でもまさか平成の今の時代に、こんなアパートがまだあること自体、ビックリしているくらいだ」
 そういうと、父は少し照れくさそうに頭を掻きながら、
「お父さんがお前くらいの頃は、こんなアパートばっかりだったんだ。学生アパートというとこんな感じだったかな? お父さんは大学時代、一人暮らしをしていたんだが、これと同じようなアパートだった。その頃はほとんど部屋に帰ることもなく、友達のところを泊まり歩いて、夜を徹していろいろな話をしたりしたものだった。そのせいもあってか、部屋は散らかり放題。そうなると、部屋に帰ってくるのが億劫になってくる。そうなると、また部屋が汚くなる……。そんな繰り返しだったな」
「綺麗なマンションやコーポには憧れなかったの?」
「社会人になって憧れたものだから、最初はコーポに入ったのさ。それなりに綺麗にはしていたつもりだったけど、今度は仕事が忙しくて、なかなか部屋にいることもない。コーポ暮らしは、実にアッサリしたものだった」
「それで?」
「何年か、忙しい中で暮らしていたんだけど、そのうちに母さんと知り合って、あれよあれよの間に結婚したものだから、コーポの一人暮らしを味わうという気持ちはなかったかな?」
「結婚って、そんなにすぐに決まったの?」
「時間的には、そんなにすぐではなかったと思うけど、お互いに一目惚れだったこともあって、お互いに最初から結婚するつもりだったのかも知れないな。だから、お付き合いというのもあまり意識したこともなく、一緒になったような気がする」
 その話を聞いて、
――なるほど、浮気と本気の区別がつかなくなったのは、結婚するまでのプロセスが原因なのかも知れないな――
 と感じるようになった。
 今まで知らなかったことが次第に瓦解されていく。それも、まさかと思った父親との再会からだった。
 父親を許す許さないの前に、まず真実を知ることが一番であり、そのためには、事実を時系列で知る必要がある。それが上杉の考えだった。
――お父さんとお母さんに交際期間中、恋愛感情というものは存在していたのだろうか?
 そんなことを考えてみたが、
――そもそも、二人に交際期間自体があったのかどうかも疑わしい気がする――
 と思えた。
 それは、上杉の平成の感覚と、両親の昭和の感覚の違いも考慮に入れて考えなければいけないことであった。
「お父さんは、お母さんが本当に好きだったの?」
 思った通りこの質問には、父も困惑していたようだ。
「そうだな。何とも言えないな」
「でも、嫌いではなかった」
「それはもちろんさ。しいて言えば、『友達以上恋人未満』というところかな?」
 その言葉を聞いて、上杉は愕然とした。頭の中にあすなの顔が浮かんできたからである。
 父は話を続けた。
「お父さんは、そんな関係を嫌だと思ったことは一度もなかった。実際に楽しかったし、このまま結婚するんだって正直思っていたよ」
「そして、その通り結婚した?」
「ああ、そうだ。でもお父さんは今でも、『友達以上恋人未満』から出発して、結婚したことを後悔はしていない。だけど、『本当に好きだったのか?』と聞かれると、ハッキリと答えることはできない」
「どうしてなの?」
「どうしてなのって、それはそうだろう。お前だって、これから誰かと結婚することになるんだろうが、本当に好きだったのかって聞かれて、ハッキリと答えられないと思うぞ。なぜなら、結婚してしまえば、好きだという感覚は少しずつ変わっていくものだからな」
「結婚したことがないので分からない」
「だろう? 結婚してから変わってしまったことを、その時のピンポイントで思い出すなんて難しいんだよ。お前だって、たとえば小学三年生の頃、ピンポイントで何を考えていたのかって思い出せるかい? 思い出したとしても、本当にそれが三年生の頃のことだって言いきれるかどうか、怪しいものだと思うんだ」
「確かにそうかも知れないけど、それでもハッキリと覚えている人はいる。個人差があるんじゃないかな?」
「だったら、お父さんにも個人差があってもいいんじゃないか? お父さんはハッキリとその時のことを自信を持って覚えていないというだけだ」
 父の言っていることは確かに正論だった。
 だが、どうにもしっくりと来ない回答だった。父の答えには到底納得できるものではなかった。
――俺はそんな答えを期待したわけじゃないんだ。ウソでもいいから、好きだったと言ってほしかったんだ――
 正直に言ってくれたのは、それだけ父が正直者だという考え方と、もう息子のことを大人として見ていて、
――これくらいの年齢になれば、俺の気持ちも分かってくれる――
 と思ったことで、大人同士の会話がしたかったのかも知れない。
 それを思うと父親が、どうして今日自分の部屋に連れてきてくれたのか、漠然とだが分かる気がした。
 自分のことを知ってもらい、大人の会話がしたかったのではないかと思うと、悪い気はしなかったが、嫌な気分にはなった。
 ただ、
――もう少し、父のことを知りたい――
 という思いがあったのは事実で、
――自分を納得させてくれることができれば、この人を父として、許してあげられるのかも知れない――
 と感じた。
「男同士の会話、大人同士の会話」
 それを父が望んでいることは間違いない。
 しかし、その目的が何なのか、上杉には、いまさら許してもらいたいという気持ちからに思えて仕方がなかった。本当なら、この場から早く抜け出したという思いに駆られているのに、なぜか立ち去ることのできない自分がいたのだ。
――やっぱり、この人と血が繋がっているんだ――
 と思わざるおえない。
 まさか自分を味方にでも引き入れようというのか、それで最終的に復縁を迫りたいとでも考えているのだとすれば、もっと、父のことを知るしかない。そういう意味で、気になるのは父が自分たちの今をどれだけ知っているかということだ。母が再婚したことも知っているのだろうか?