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アレルギーと依存症と抗体と

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「つい最近まで、お父さんも作業員の一人だったんだけど、現場を任せてもらえるようになって、少しずつ変わってきたような気がする。実はここに、作業員としてずっと来ていたんだけど、責任者の一人としてここに来たのは今日が初めてだったんだ。本当にお前が来てくれるなんて偶然にしても、本当に嬉しいよ」
 お父さんは、「偶然」という言葉を口にしたが、上杉には偶然とは思えなかった。
 偶然というよりも、父親が変わったことで、自分をここに引き寄せるオーラのようなものがあり、自分がそのオーラに反応したのだと思う方が、よほど自然な感じがした。
「お父さんの姿、本当に凛々しく思えたよ」
「そうか? ありがとう。でも、お父さんもつい最近までは自分が嫌いだったんだ。まわりからはまったく目立たない存在で、皆で工事の仕事をしていても、その存在が道端に堕ちている石のようだって言われたことがあるくらい、存在感が薄いって言われていたんだぞ」
 今見た父親からは信じられないが、理屈で考えると、言われたことを信じる方が、よほど理に適っているように思えた。
 なぜ急に存在感が増すようになったのか分からないが、存在感を増したことで、オーラが発散され、そのオーラに息子である自分が反応し、ここに呼び寄せられたと思う方が自然ではないだろうか。
 確かに、偶然と言われればそうなのだろうが、最初から上杉には、
「今回のことに、偶然など存在しない」
 という思いを抱いたことは間違いなかった。
 そういえば、お父さんはお母さんと離婚して家を出て行った時、母親の姿は覚えているが、父親の雰囲気はまったく記憶にはなかった。
「街でバッタリ出会っても、きっと分からないだろうな」
 と思っていて、
「もし父親が自分を見つけたとしても、下ばかり向いて歩いているだろうから、自分を見つけることはできないんだろうな」
 とも思っていた。
 それなのに、父と目が合ってしまうというのは、最初の想定外だったこともあって、想定外のことが起こると、偶然であっても、本当に偶然なのだろうかと疑いたくなってしまう。
 父も同じことを感じているのかも知れない。二人が顔を合わせた時、懐かしそうな笑顔をしたのは事実だ。しかし、上杉の方には懐かしさはあまり感じなかった。父親の方はどうだったのだろう。
 父は少し時間を取ってくれた。ヘルメットを脱いで学食まで行くと、父親は懐かしそうに、
「募る話もいっぱいあるんだ。ゆっくり話がしてみたい」
 と言ってくれた。
「そうだね」
 上杉の方には何を話していいか分からないという思いが前提にあったので、相手からゆっくり話をしてみたいと言われると、断ることができなかった。
 それは、父に悪いという意識ではなかった。どちらかというと、
「言い訳を考えるのが面倒くさい」
 という思いの方が強かった。
 完全に受け身態勢である。父親の方には息子に会いたいという気持ちが強かったというのが分かるが、息子の方はそれほどでもなかった。むしろ、面倒臭いことになるくらいだったら、会わない方がいいと思っていたくらいで、父から言われた、
「募る話」
 というのがどういうものなのか気にはなるが、興味を持って聞くわけではない。あくまでも客観的に話を聞くという立場を貫くだろうと思っていた。
 その日の夕方、父と待ち合わせた喫茶店で合流し、そのまま父の馴染みという炉端焼き屋に出掛けた。小料理屋のような雰囲気で、そこの女将が父親好みなのか思わず詮索してしまいそうになったのに気づいて、慌てて想像するのをやめた。
「募る話って何なんだい?」
「お前は俺と母さんが離婚した時、まだ子供だったので分からなかっただろうから、あの時のことをまず話しておきたいと思ってね」
 その言葉を聞いて、ガッカリしたのは間違いない。
――何をいまさら――
 そんな思いが頭を巡る。
 言い訳にしかならないようなことを、いまさら聞かされてどうだというのだ。きっと父親に対して挑戦的な目をしていたに違いない。
「おいおい、そんな目をするなよ。お父さんはお前を大人の男として話をしたいと思っているんだよ。もちろん、謝りたい気持ちもウソではない。でも、お父さんはその時、付き合っていた女性に対して本気になった気持ちにもウソはないんだ」
「だからといって、俺や母さんを捨てる結果になっちゃったじゃないか。それをどう思っているんだよ」
「いい悪いの問題ではないと思っている。ただ、人情としてまだ子供のお前をお母さんに押し付ける形になって、子供にもしなくてもいい苦労を掛けてしまったという思いはあるんだ。だけど、お母さんは離婚の話になった時、すでに私に対しての気持ちはなくなっていて、現実的な話しかしなかった。つまりここが男性と女性の大きな違いだって俺は思っている」
「どういうことなんだい?」
「ここから先は、お父さんとお母さんの問題というよりも、男女の問題という意味で聞いてほしいと思うんだが、あの時、お父さんがお母さんに離婚の話を持ち出した時、お母さんはお父さんを無視し続けた。いくら話をしようと言っても、その返事はまったくなかった。お父さんとしては、どうしていいか分からなくなっていた時、ふいに母親が離婚調停に乗り出したことを知ったんだ」
「知らなかったの?」
「ああ、裁判所から出頭命令が来て、初めて知ったんだよ。お母さんが調停の申し立てをしたんだってね。お父さんは最初、お母さんが何を考えているのか分からなかった。話をしようと思っても、完全に無視されていたからね。でも、いきなり裁判所への出頭を言われたことで一つ分かったことは、お母さんはお父さんとまともに話をしたくはないと思っているということだね」
「そうなんだ」
「離婚の話をするまでは、お母さんもヒステリックになっていた時期もあった。このままでは収拾がつかないとお父さんは思ったんだ。それで、収拾をつけるため、お父さん最後通牒とも思えることを口にしたんだ」
「それは?」
「これは、浮気ではなく、本気だってね」
 この話は聞いてはいたが、俄かに信じられるものではなかった。しかし、ハッキリと父親の口から聞かされた言葉に説得力があった。その言葉を聞いた時、背筋に冷たいものを感じ、
――このことが理解できれば、俺は大人になった証拠だな――
 という複雑な思いが頭をよぎった。
「こんなことが理解できれば大人になれるんだったら、大人になんかなりたくない」
 というもう一人の自分の声が聞こえてきそうな感じだった。
 浮気と本気の違い、どういえばいいのか、浮気というのは、「遊び」という言葉に置き換えられると考えていた。もちろん乱暴な考えだが、その乱暴さが大人になりきれていないところだということも分かっていた。
 では、本気というとどういうことになるのか?
 本気というのは、
「自分の気持ちにウソがない」
 ということだと思っていた。
 しかし、大人になった今では、浮気というのも、自分は本当に自分の気持ちにウソをついているということだろうか? この解釈が本気と浮気を感じる時の境界線の違いだと感じた。
 上杉は、浮気も自分の気持ちにウソをついていない部類に入ると思う。厳密にいえば、