アレルギーと依存症と抗体と
として見られてしまい、特に同性から嫌われるタイプであった。
女性を敵に回すと、あることないこと、ウワサに尾ひれがついてしまい、本人の意識していない思いを男性に抱かせてしまっていた。敦子に引き付けられた男性は、警戒心を感じるどころか、敦子に興味を持つようになる。それは敦子に対してのウワサがどこまで本当なのか見てみたかったのだろう。
「怖いもの見たさ」
という感覚が働いていたに違いない。
おかげで敦子の中に、
「男性には不自由はしない」
という思いが湧き上がった。
悪い意味での興味であるにも関わらず、敦子は男性が自分に興味を持ってくれることを悪くは思ってはいなかった。
だが、すべては男性の側からの感情であって、敦子の方から男性に興味が沸くことはなかった。興味を抱く前に相手が自分に引き付けられるのだから、知り合ってしまってから抱く興味とは違うものだった。
それなのに、父親に対してだけ興味を抱いた。それは敦子にとって初めての感覚だった。
――私が男性を好きになるなんて――
まだ興味を抱いただけなのに、すでに好きになってしまったと勘違いするほど、男性に興味を持つことに関しては、ウブだったのだ。
父親に興味を持った敦子に、今度は今まで引きつけられていた男性が急に離れていった。いわゆる「神通力」が消えてしまったのだろう。
「これでいいんだわ」
夢から覚めた男性は、敦子に関わらなくてよかったと思う反面、今の敦子を見て、
「どうしてあんな女に惹かれてしまったんだ?」
と、不思議に思ったことだろう、
父親と知り合った敦子は、彼女の方から甘えるようになっていた。大人の色香はどこへやら、それまで若くてあどけない笑顔の似合う女の子に興味を持っていたが、敦子はまさにそんな女性になっていた。敦子は男性によって変わる女性だったのだ。
だが、今までの男性は敦子の魅力に引きつけられたもので、敦子に対して、本当の意味でどんな女性が好みなのか、表に出そうとはしなかった。男性の方も、
「大人の色香を感じさせる彼女に惹かれた」
と思っているので、それ以外の敦子を想像することもなかったのだ。
父親は、女性と知り合うと、相手のことをすぐに好きになってしまうところがあった。敦子のように相手からも好かれるという相思相愛の状態になったのは、この時が初めてで、それだけに、有頂天になると、敦子に対して想像力を豊かにした。
その時には気づいていなかったが、それまで自分があどけない笑顔の女性が好きだと思い込んでいたのは、本当は勘違いだった。敦子と知り合って、敦子に対して想像したのが最初だったのだ。それ以前から抱いていた感覚だというのは、自分の中で女性に対しての好みが昔からあったものだということを感じていたいための辻褄合わせのようなものだった。
敦子が父親に甘えるようになったことで、余計に以前から感じていたものだと思ったのだろう。敦子が、
「相手によってその性格を変える女だ」
ということを認めたくないという思いから来ているのかも知れない。
敦子の魅力は父親にだけしか分からない魅力になってしまった。
しかし、本来はそういうものではないだろうか。自分と相性の合う一人の男性と知り合うことが一番であり、まわりの男性すべてから好かれるようなことは、ありえないという考えを持っていたのは、他ならぬ敦子だったのだ。
二人の付き合いは公然となった。
しかし、二人に対して興味を抱く人はもはや誰もいなかった。
それまで敦子に対して引きつけられるような魔力を感じていたはずのまわりの人たちは、何事もなかったかのように敦子を意識していなかった。
むしと、敦子のことを無視しているかのようだった。実際に無視しているわけではなく、その存在感や気配を感じていないようだった。
「まるで道端の石ころのようだ」
道を歩いていて、道端に石が落ちていても、誰がそれを気にするというのだろう。
「目の前にあってもまったく気にしない空気のような存在」
それが、敦子と父親の関係だった。
それからというもの、父親が一人でいる時も、まわりの誰も意識することはなかった。歩いていても、こちらがよけなければ、相手はお構いなしにぶつかってくるのではないかと思うほど、相手は父親のことが見えていないようだった。
気が付けば、父親には友達は誰もいなくなっていた。
元々友達が多い方ではなかったが、誰がいつ自分から離れて行ったのか分からないほど、ごく自然にいなくなっていて、気が付けば一人になっていた。
「こんなことってあるんだ」
そう思いながらも、それが敦子のせいだということに気づくはずもなかった。
しかも、気が付けば敦子も自分の前からいなくなっていた。確かに付き合っていたはずなのに、敦子がいないことに何ら違和感を感じない。いないならいないで寂しいと思うこともないし、心にぽっかりと穴が開いているわけでもない。
「最初から敦子なんて女はいなかったんだ」
と、まるで夢だったかのように思おうとしたが、どうしてもできなかった。
なぜなら、父親の中に、好みの女性として、
「幼さの残るあどけない笑顔の女の子」
という意識があったからだ。
しかし、敦子が自分の前からいなくなったという事実は意識としてある。それなのに寂しさを一切感じないという矛盾した感覚の辻褄を合わせるために、好みの女性への印象が、昔からあったものだと思うところに結びついていたのだ。
それから父親は母親と結婚するまで、女性と付き合うことはなかった。
好きな女性がいなかったわけではないが、近づこうとして相手を見ると、最初に感じたイメージとかけ離れていて、
「こんな女性を好きになろうとしていたんだ」
と、否定してしまう自分がいた。
それは、最初に気になる女性が皆最初から自分の好みではない女性だということを示していて、父親にとって、不思議な感覚だった。
女性の側から見ると、
「この人は女性に嫌われるタイプだわ」
何を根拠に感じるのか分からないが、その感覚は直感であることに違いない。
そう感じたのが一人だけなら、別に無視してもいいのだろうが、これが複数ともなるとそうもいかない。本人は意識していないとはいえ、信憑性に欠ける要素はどこにもなかった。
父親が人を好きになる時、相互で相手を避けてしまう作用が働いてしまっていたのだ。
母親に対して、どうしてそんな感覚がなかったのだろうか?
考えられることとしては、母親がシンデレラコンプレックスを感じていたからではないだろうか。今までの女性と明らかに違うところは、シンデレラコンプレックスがあるかないかだった。
敦子と付き合っていた時、母親とまったく正反対の女性だったことと、敦子の影響が大きかったことで、父親には自分の意志とは裏腹に、人を惹きつけることのないオーラが備わってしまったのだ。
そのオーラは完全にマイナスオーラであり、気配を消すという
「路傍の石」
になり果ててしまっていたのだ。
だが、元々素質がなければ、いくら相手の女性に影響力があるとは言っても、ここまで嵌ってしまうことはないだろう。
敦子との出会いは。
作品名:アレルギーと依存症と抗体と 作家名:森本晃次



