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アレルギーと依存症と抗体と

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 しかし由美子ちゃんはあまり笑顔を表に出すことはない。いつも冷静で皆の後ろから見ているような女の子だった。
 それまでなら、
「そうか、頑張れよ」
 というのだろうが、その時は黙り込んでしまった。
 あまりにも黙っている時間に息苦しさを感じた父親は、思わず、
「いや、俺も由美子ちゃんが好きなんだ」
 と口走ってしまった。
 最初は、
――しまった――
 と思ったが、後悔が残ったわけではない。
 勢いではあったが、言ってしまったことを否定する気にならなかった。すると友達は、
「ダメだよ。お前はヒーローなんだから、ヒーローが一人の女の子を好きになんかなっちゃいけないんだよ」
 と、言った。
 その言い方はまるで上から目線の言い方で、ヒーローが皆の中で一番上だという思っていた父の気持ちを覆すものだった。
 父は一言も言い返すことはできなかった。自分が由美子ちゃんを好きだと言った言葉の重みにも疑問があり、友達は、
「そんな中途半端な気持ちでそんな大切なことを口にするんじゃない」
 と言いたかったのかも知れない。
 その時から、自分からヒーローになりたいとは思わなくなった。遊んでいても、ヒーローになりたいとは言わない父に対して、
「何黙っているだよ。ヒーローはお前に決まってるじゃないか。ヒーローは自分勝手に辞めちゃったりしちゃいけないんだぞ」
 と、叱責を受けた。
 またしても、何も言い返せない。自分で立候補したものは、簡単にやめることができないということに気が付いたのは、その時だった。
 それから父親は友達と遊ばなくなり、一定の距離を置くようになった。
 孤立してしまったわけだが、その時のオーラがずっと抜けていないようだった。
 父親は笑顔の可愛い幼い女の子が気になる一方、なぜか年上の女性から気にかけられることが多くなっていた。
 中学に入った頃から思春期が始まり、まわりの男子は年上の女性からなぜか気にかけられる父のことが羨ましく思えていた。目には見えない嫉妬が父親のまわりに渦巻いていて、渦中の父親は、そんなことを気にはしていなかった。
 絶えず孤立のオーラを発散させていることが、年上の女性を惹きつけていた。
「どうしてなのか、上杉君のことが気になるのよ」
 一年先輩の女の子同士での会話だったが、
「そうなのよね、別に格好いいわけでもないし、頼りがいがあるわけでもない。かといって、母性本能をくすぐるわけでもない。でも、なぜか気になってしまう。どうしてなのあしら?」
「私も同じなのよ。彼のいいところを探そうとするんだけど、見つからないのよ。気になるようになった部分を探しても見つからなかったので、他に何か気になるところがあるんじゃないかって思って探してみると、分からないのよ」
「本当は、分かりそうなところまで来ているんだけど、そこまで来ると、急に見えなくなってしまうのよ。今まで目の前にいた人が急に消えてしまったようなそんな感覚ね。だから余計に気になってしまう。まるで堂々巡りを繰り返しているようだわ」
 そんな会話が繰り広げられているなど想像もしていない父親は、それでも目は幼い女の子に向けられていた。
 彼のロリコン趣味を知っているのは、ごく一部の友達だけだった。なぜなら、友達が何も知らない他の人に話をするとは思えないからだ。特に相手が女性であればなおさらで、その理由は、
「異常性欲と思しきやつと、同類だと思われたくない」
 と思ったからだ。
 それが幸いしてか、ロリコン趣味を知っている人は少なかった。彼が年上の女性から気にかけられるタイプだということもいい方に働いたのかも知れない。
 父親は何かに興味を持つということはなかった。何に対しても無関心で、子供の頃にヒーローになったことで、やめられなくなった経験があるために、何かに関心を持つことをやめたのだ。
 唯一、幼い女の子を見ているのが楽しみだった。そんな父親に気が付いた女性がいた。名前を敦子と言ったが、彼女は一年先輩だった。
 父親のことを皆気にはしていたが、自分から近づこうとする女の子は誰もいなかった。最初は抜け駆けになるからだと思っていたが、どうやらそうではなかった。
「均衡が破れてしまうから」
 というのが直接的な理由で、皆が気になっている状態でいるのが一番均衡が取れている状態だったのだが、一人が抜け駆けすると、バランスが崩れてしまう。女性の間で静かな戦いで済む問題があからさまになってしまい、収拾がつかなくなることを誰もが分かっていたのだ。
 だが実際に敦子が均衡を破ってみると、思っていたような収拾のつかない状態にはならなかった。
 敦子が抜け駆けした瞬間、他の女性たちの興味は一気に失せてしまったのだ。
 もちろん、それも考えられるに十分なことだったが、可能性としては限りなくゼロに近いと思われていた。
 父親のまわりには見えない膜が敷かれていたが、膜の存在は知られていた。それでも一か所だけ入り込む隙間があったのだが、そこは普通の人には分からなかった。誰が最初に見つけるかということだったのだが、それを見つけたのが敦子だったのだ。
 敦子が入り込んでしまうと、今まであったはずの隙間が閉じられてしまった。敦子はその中から出ることができなくなった。もし出ることができるとすれば、一度父親の気持ちに入り込み、膜を開けるという意識に導く必要があった。まわりに張り巡らされた膜は、誰も入ってくるまでは本人の意思にかかわらず、本能的にしか動作しなかったが、逆に誰かが入り込んでしまって、膜が閉じられてしまうと、ここから先は、本人の意思によるものに変わってしまうのだ。
――大人になるというのは、こういうことなんだ――
 と思ったのは、敦子が自分から離れていくことに気が付いた時だった。
 その時初めて、自分の意志で膜を開くことができることに気が付いた。自分の意志を反映させられることができるようになったことが、大人になったという意識に繋がったのだった。
 だが、それは少し経ってからのことで、膜と通り超えて中に入った敦子は、膜の中では父親の好みの女性になってしまっていた。
――幼さの残る笑顔の可愛い女の子――
 それが膜の中だけの敦子の姿だったのだ。
 最初は年上の女性ということで、敦子に対して大人の女性を感じていた。しかし、膜の中だけの敦子の姿を想像していると、そのうちにまわりからも、
「どうしたのよ、敦子。最近、大人しいじゃない」
 と言われるようになっていた。
 彼女は今まで大人しく見えていたが、それは大人の女の醸し出す色香が大人しく見せていたのだが、父親を気にするようになってから、
――恥じらいのある大人しさ――
 に変わってきた。
 その表情には幼さが残っていて、大人の色香で男性を悩殺していた雰囲気は影を潜めたようだった。
 敦子のことをあまり知らない人は、あまり彼女の変化に気づいていないようだが、友達やいつもつるんでいる男性から見れば、その変貌ぶりは賛否両論だった。
「俺はあんな敦子見たくはないな」
「いやいや、あれでなかなか今までになかった可愛らしさが醸し出されていいものだぞ」
「じゃあ、お前彼女として付き合えるか?」