小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アレルギーと依存症と抗体と

INDEX|18ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

 一年半の年月を経過して、あの時の絵がリアルに復活したのだ。目の前にあの絵がないのでハッキリ同じとは言えないが、明らかに母親が意識したとおりの光景だった。
――あの子、まさか予知能力者?
 そう思うと、母親はゾッとした気持ちになった。
 すると今度は、
――本当にそんな少年はいたんだろうか?
 と考えてしまった。
 突飛すぎる発想であるが、目の前の光景を見て、自分が思い込みで彼の作品を見ていたこと自体、すべてが幻だったと思うことは、一連の流れを自然に受け入れるよりも難しいことになるのであろうか。
――いや、あの子は孤立無援だったんだ――
 母親がそう思うようになったのは、母親が中学生になってからのことだった。会わなくなってからかなりの時間が経っていた。
 母親は、その時から、
「孤立無援」
 という言葉に敏感になっていた。
 ただ、今まで自分の周りに本当の意味での孤立無援の人はいなかった。それがいいことだったのかどうか分からないが、そのおかげで、その時の少年のことを思い出すことはほとんどなかった。
 どうして子供の頃のことなど思い出したのか、母親には分からなかったが、もし店長と結婚するのを考えたとすれば、背中を押してくれたのは、その時の少年だということになるのだろうと、母親は思っていた。
 母親が店長と再婚を決めたのは、その時の「孤立」という言葉で、少女の頃に出会った少年を思い出したからだろう。
 上杉としては、母親が再婚することに対して別に反対も賛成もしていなかった。
「そうか、よかったじゃないか。母さんも今まで俺を育てるのに苦労したわけだし、そろそろ自分の幸せを考えてもいいんじゃないか?」
 上杉は自分でいいながら、
――まるで教科書のような返答だな――
 と思い、思わず苦笑いをした。
 その様子を見て母親がどう感じたのか、上杉には分からなかった。
「まるで他人事なのね」
 それが母親の本音だった。
 その言葉を聞いて上杉は一瞬ハッとしたが、
――ああそうか。他人事なんだ――
 と、別に悪びれた気分にもならなかった。
 むしろ、その時初めて、
――親子でも他人事に思えることってあるんだな――
 と感じた。
 別に本当に他人になるわけではない。ただ、そう感じたというだけのことである。きっと他の人がこの会話を聞いていると、親子の会話に見えないかも知れない。二人とも、心ここにあらずといった雰囲気だったからだ。
「俺、一人暮らししようかと思っていたので、ちょうどいいかも知れないな」
 少しの沈黙の後、思い出したように上杉は言った。その沈黙というのも、上杉はそれほど時間が経っていたような気がしてはいなかったのに対し、母親の方は、まるで一時間くらいの沈黙を感じていて、息苦しさを感じるほどだった。
 なぜ、これほどの沈黙の時間に差を感じたのかというと、二人の見えている時間軸に違いがあったからだ。
 上杉は最後に話した時間からの沈黙を感じていたのに対し、母親は沈黙に対して前しか見ていなかった。つまり、
――この沈黙、果てしなく続くような気がする――
 と、先しか見ていないことで、果てしない闇が見えていたのだろう。
 元々先を見ていたわけではない。上杉のように沈黙からの時間を見ていたのだが、そのうちに、沈黙からの時間に対して距離感を計っているつもりで、途中から、前が気になってきた。軽い気持ちで前を見たために、前にあるものが果てしないものであることに気が付いた。再度後ろを振り向くと、今まで捉えられていたはずの沈黙からの距離感がマヒしてしまっていた。その時初めて自分が孤立してしまい、前を向いても後ろを見ても、どちらに進んでいいのか前後不覚の状態に陥ったと言ってもいいだろう。
 その感覚は、渓谷に架かった簡易な梯子でできたような橋を渡っている時のような感覚に似ていた。
「前だけを見て渡るんだ。決して下を向いてはいけない」
 と言われて、渡っている時、どうしても足元が気になり下を向いてしまった時、自分ならどう感じるだろう。
――今自分がどこまで来たのか、気になってしまう――
 と感じることだろう。
 すると、思わず後ろを振り向いてしまう。そして愕然とするに違いない。何に愕然とするのかというと、だいぶ歩いてきたはずなのに、前を向いても後ろを見ても、どちらも同じくらいの距離にしか見えなくなる。そして、何度も前を向いたり後ろを見たりしているうちに、どちらが自分の進むべき道なのか分からなくなるだろう。そうなると、一歩も足を動かせなくなってしまい、その場で立ち尽くしてしまう。いや、本当は座り込んでしまいたいのだが、それもままならないほど、頭の中はパニックに陥り、座り込むことで、下の光景を再度見なければいけないと思い、恐ろしくなるのだ。
 もし、もう少し冷静になれれば、もう一度、下を見たかも知れない。それはショック療法のようなもので、
「一度見たことで陥った恐怖を取り除くには、再度同じ状況を作り出すという方法もある」
 大学で心理学の講義を受けた時、そんな言葉が印象的だった。
 まさか、妄想の中でそんな言葉を思い出すことになるとは思ってもいなかった。これも妄想の中で思い出したのではなくて、その言葉が根底にあったことから、こんな妄想をしてしまったのかも知れないとも感じられた。
 上杉は大学に入り、深層心理について考え深いものを持つようになっていた。子供の頃から妄想癖があるのを感じていたことで、心理学の講義などは、特に興味を持って聞くようになった。
 図書館で本を借りて読んだこともあったが、さすがに専門書を読破できるほどの知識はなかった。それだけに講義を受けて感じることはすべてが新鮮だったのだ。
 あすなが白馬の王子様の出現を待っているようなシンデレラコンプレックスを持っていると感じるようになったことも、上杉に深層心理について考え深いものを持つようにさせたのかも知れない。
 本当なら、あすなのことを好きになってもいいと思っていたが、どうしても好きになる気がしなかったのは、あすなの中にあるシンデレラコンプレックスを感じたからだった。
 どうしてあすなにシンデレラコンプレックスが宿るようになったのか、それを考えた時、一番最初に浮かんできたのが、自分の母親のイメージだった。
――母親とあすなは似たところがある――
 と感じたのだが、それがどこにあるのか、具体的には分からない。
 あくまでも漠然とした考えだったが、心理学を独学であるが、研究すればするほど、その奥が深いことを感じさせられた。
 だからと言って、こんな中途半端で考えるのをやめようとは思わなかった。なぜなら、ここで研究をやめるということは、渓谷に架かった梯子のような簡易な橋の途中まで来ていて、足元を見てしまったために、行くことも戻ることもできず、途方に暮れてしまった自分を想像することになるからだった。