小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

暗闇に棲むもの

INDEX|6ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

確かにひと月前程から他所の町から広がったという流行り病の為に、大人たちは死に物狂いになってネズミ退治を始めた。ネズミの巣のありそうな古い納屋等は、真っ先に火をかけられた。しかしその流行り病は、すぐに広まり、友達も感染して日に日に痩せ衰え、やがて数日で亡くなってしまった。その骸は火で焼かれた。彼らの葬儀は行なわれず、墓には誰のものかわからない灰だけが撒かれた。やがて母親が感染してしまい、隔離病棟に入れられてしまった。とにかく医者も祈祷師も手に負えない病で治療法すらない。だから、母親が隔離されたときにはもう最悪の事態は予想がついていた。全身を白い服で固めた男たちに連れられてゆく姿を、父は見るなと云ったが、自分の母親との別れを惜しまずにいられるだろうか。あの夜、父は母親の見舞いに出掛けた。そう云って出かけたのだから。
「ラウルよ。辛い思いもしたのだろう。この森にこの時期に入るもの等、皆、辛い思いを抱えているからな。」
騎士が憐れんで見てくれるのは、なにかありがたかったが、こそばゆい気がした。
「あ、あの・・」
「どうした?」
「森の中にいる・・ずっと僕らの事を見ているアレは、いったい何なのですか?ほら、森の木々の影に隠れて、ずっと僕たちの歩いているのを追いかけてくるような・・」
「ラウルよ。おまえにも見えているのか。アレは、昔は人間だったのだ、我々と変わらない人間だった。だが、道を踏み外してしまって、闇の中から出られなくなった哀しい者たちだ。この森の闇は深い。だから月光の照らしだす道にすら出てこれないでいる。だが、やつらは何かあればワシやおまえを闇の中に引きずり込もうとしているんだ。」
「闇の中に引きずり込んで・・・」
「頭からバリバリ喰っちまうのさ。」
ラウルのフォークが止まった。
ハハハと太い笑い声が腹の中に響いた。
「なぁに、危ない時にはワシが助けてやるさ、あぁ、ワシの名前はグスタヴ。教皇の騎士だった。遠い遠い昔の事だが。」
女将が愛想よく芋を継ぎ足してくれた。
「今晩は皆疲れてるだろうから、納屋の奥でハマムをするからね、手伝っておくれ。」
古くはローマ帝国にもあったといわれるが、ハマムというのは悍ましきオスマンの習俗ではないか!グスタヴは恐らくは昔の自分ならいきり立ったかもしれないが、義足となった今では、傷を癒すには最も効果的な方法だ。グスタヴは女将に微笑みかけた。「あぁ、いいねぇ。だが義足のワシに何をしろと?」と尋ねると女将はぶっきらぼうに言う。「大佐は石を焼いておくれ。たんと使うからね。」
「ハマムってなんですか?」ラウルが傾げた首が滑稽に見えたのか、女将は笑った。
グスタヴも笑った。「憎きオスマンの蒸し風呂だ。」
「蒸し風呂?」
「知らないのかい?焼石に水をかけて体を蒸して温めるんだよ。」
「体をしっかりと温めた後、水風呂に飛び込むんだ。」
ラウルはなぜそんなことをするのかわからなかった。

昼食を終えると、グスタヴは納屋の奥の部屋の掃除を始めた。
見るからに丸太を組んだ密閉度が高そうな作りで、はしごを登って梁にも寝れるほどの広さがあった。
がらんとした大きな間取りだったが、客が全員この中に入るとなれば狭さを感じるだろう。
土間の中央に焼石を置く窯が置かれた。
次にグスタヴは表で手ごろな大きさの石ころを集めて、並べると葛をかいて火をつけた。
イングリッドは井戸から水を汲み、外に出された風呂桶に水を溜め始めた。

「イングリッド!」
女将の呼ぶ声に怯むような仕草を見せて、返事をすると、女将の顔を見る。
「ラウル?ラウルは・・イングリッドとハーヴを採ってきておくれ。」・・・
昨夜の奇妙な夢の事を思い出すと、喉がつかえた。
いや・・何もなかったのだ。
イングリッドも、女将も、なにもなかったように・・いや、きっとなにもなかったのだ。
だって、あんなことが。
へんな夢を見ただけだ。

イングリッドは籠を用意すると、表情のないまま、ラウルを誘った。

作品名:暗闇に棲むもの 作家名:平岩隆