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暗闇に棲むもの

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https://www.youtube.com/watch?v=6QBv13afM3I
Romanian Folk Dances (Román népi táncok), for piano, Sz. 56, BB 68 (1915)

次の日の朝がいつやってくるのか_。

気がつくと二階の自室のベッドの上に寝ていた。
まだ窓の外は暗く、月の光が明るく差し込んでいた。
父親のいびきのせいで眠れない。
それだけではない。なにか、途轍もないことを体験してしまった興奮で。
体中の血が湧き立ってしまった。
しかし、体力を消耗したのも事実で。
瞼を閉じれば。イングリッドの柔肌と蕾のような胸乳が目に浮かぶ。
なんと薄幸な少女_。
恐らくは西の山向こうの国の内乱で両親を失ったのであろう。
この森を必死になって逃げ惑ったのであろう。
そしてこの宿の変態夫婦に雇われて。
いや、最初は、優しく接したのかもしれない。だが、徐々に其の本質を露わにして_。
下働きをさせた上に、鞭で打って。しかも楽しんでいる。
あぁ、イングリッド。
美しくも哀しい少女よ。
その少女に、なんてことをしてしまったんだ!

自責の念に苛まれながら、胸の痞えを感じ目を覚ますと。
まだ夜は明けきっていなかったが、宿の前には多くの馬や馬車がひしめき、男たちが集まっている。
深井中町音を立ててドアが開き、父親が部屋に入ってきた。
「あぁ、起きたか。寝ていていいぞ。数日は此処に足止めだ。」
表の男たちの話では東に繋がる道は山地に係ったすぐの処で酷い土砂崩れが起こって、馬車が谷に転落したらしい。それだけまだしも積み荷の火薬に引火して、大きく山が崩れたらしい。東の国の村人たちや軍隊も出て、救援と復旧に駆り出されているらしい。
「表で話し合ったことなんだが、ここでなにもしないわけにもいかない。私は手伝いに出るから、おまえはこの宿で待っていなさい。御雨にも辛い旅を敷いて悪かったが、少しは此処で休んでおくれ」
あぁ・・なんてことだ。
こんな忌まわしい宿から一刻も早く立ち去りたかったものを。
その怪訝な気持ちが顔に現れてしまったのか。
「どうした?気分でも悪いのか?朝飯と昼飯代は女将に払っておいたから。」
ぼうっとしたまま、頭を下げる。
父親が身支度を済ませて出ていこうとすると、裏返った声で、へんなことを訊ねる。
「おとう、鞭うたれて悦ぶひとなんているのだろうか?」
父親はどうせまた狩人たちにからかわれたのだろう、と取り合わなかった。
「まぁ、ゆっくり休んでくれ。」
とドアを閉めた。
窓を見下ろすと外には、男たちの集まりに入ってゆく父の姿があった。
ここ数日の旅の疲れに、ひととき、ベッドの上で過ごした。
するとドアがノックされた。
ドアを開けると、イングリッドがパンの入ったバスケットを大事そうに抱えて立っていた。
「朝食をお持ちしました。」
イングリッドは目を合わそうともせず、バスケットを手渡すとドアを閉めかけたが、目をあげる。
「お部屋のお掃除の際は、お声をかけてください。」
と、ドアを閉める。
何事もなかったかのように。
パンにハムとチーズをはさみ、頬張ってみる。
乾いたパンに味は無かったが、しかしイングリッドが持ってきてくれたのだ、と思うと嬉しかった。
_いや、何もなかったのかもしれない。
悪い夢を見ただけで。途轍もなく悪い夢を見ただけで。
ここ数日の疲れが出ただけで、なにか悪い夢でも見たのだ。
そう思えば、曇った天気の中に薄日が差しているような気分になれた。
鳥が囀り、リスが木の実を頬張る姿が窓から見えた。
しかし、落ち着いて考えてもみれば、この旅の始まりはなんだったのだろう_。
突然、夜中に起こされて、身支度もそこそこに暗い夜道を歩かされて。
父はなにも告げずに、街を離れ、畑地を超えて黙々と歩いた。
ただ其れに従うしかなかった。
せめて、母親の形見のひとつも持っておけばよかった。
だが父親は母の触れたもの一切を拒絶して。
いったいなにがあったのか_。
もう二度と母親には会えないのか_。
あの優しかった母は今何処にいるのか_。
頭の中が母親の面影でいっぱいになった。
目くるめく印象が次々に現れて、しかしそれは暗になにも語らない父親の素振りから、悪い方向に傾いで消えてゆく。とても悪い方向に向かって、粉々に粉砕されてゆくように。とても気分が悪くなり、目が回ってふらついた。結局その後もベッドの上で過ごした。
階下から木の板を小槌を叩き鳴らして、昼食の合図が告げられた。
階段を下ってゆくと、女将がまるで何事もなかったように笑顔で微笑んだ。
_あぁ、なにもなかったんだ。悪い夢を見ていただけなんだ!
安堵感が広がると、急に腹の虫が鳴り出した。
芋を岩塩で煮た粗野な、しかし美味そうな料理だった。
女将が愛想よく皿に取り分けてくれた。
「お代済みだからね、たんとお食べ。」
亭主は、土砂崩れの補修に出掛けた男たちに料理を届けに出掛けていくようだ。
食堂には片足の元騎士殿が座っていた。
「わしが出て行ったところで何の役にも立たないからな。」芋から精製した酒を飲み干した。
「ラウル。ところで君たちは何処から来たのか?」
その問いかけに、指を指して答えた。
正直東も西も分かりはしない、来た道の方角を指し示した。
すると騎士殿は怪訝な顔をした。
「そうか、大変だったな。南の町じゃ黒死病が広がったと聞く。街の中はどうだった?」
ラウルは食事を摂るのに精いっぱいだった。
すると騎士も想像を巡らしたのか、その食べっぷりを見ることにした。
「私も侯爵の使いで訪れたブレーメンで恐ろしい光景を見た。街の人々が次々に倒れてゆく様を。
医者や呪い師の術などなんの役にも立たないで。毎日、毎日、何百何千の・・
数えきれないほどの骸を焼いていた。病気に罹ったものは牢屋に入れて隔離して。
しかし、治るわけはない。治療方法なんてありはしないのだから。
だから閉じ込めているだけで、やがて死んでしまう。
其れ等の病人が触ったものも、病気に感染してしまう。恐ろしい病だ。
その黒死病が広まったとなれば、君たちはいち早く逃げてきたのか。
早く逃げるに越したことはない。よかったな。」
騎士の話は勝手に広がって自己完結してくれた。
正直なところ、それが本当であるかどうか、よくわからなかったが。
云われてみれば合点がいく点も多く_。
ラウルは思い返してみた。
母親は確かに病弱で、病に伏せることが多かった。
作品名:暗闇に棲むもの 作家名:平岩隆