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暗闇に棲むもの

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https://www.youtube.com/watch?v=-9LWHEf0VFo
Béla Bartók - Music for Strings, Percussion and Celesta, III

暗い部屋のベッドで煙突の配管が這った天井を見ていると、急激に睡魔に襲われラウルは靴を履いたまま
眠りの淵に落ちてゆくのを感じた。足先の不快感から靴と靴下を自分でもどうやったのかわからないまま脱ぎ捨て、蹴飛ばし・・床に落ちる音でラウルは目覚めた。父親の湿ったいびきは続いていたが、それはいつものこと。しかし別ないびきも聞こえる。あぁ安普請な壁の向こうから。隣の男たちのいびきが聞こえているようだった。気にすると、これ以上不快なものはない。挙句の果てに父親の歯ぎしりが始まった。
暫くすると頭上にある窓に月あかりが差し込んだ。窓ガラスが外の冷たい風に煽られガタガタと音がして。雲が一掃されたかのように。その明るさに釣られて窓の外を覗き込む。すると風が止んだのか今度はシンと静まり返った暗闇の中に宿の向かい側の更に闇の深い森が見えた。漆黒の木陰から何者かがこちらの方を見ているのを感じた。それは獣ではなく、人影のように思われた。夕暮れに追いかけてきたアレか_。しかも、ひとりふたりではない。相当な数の影が樹木の後ろに見え隠れしている気がして。恐らくこの月の明かりに照らし出されるのを恐れて森の中から出てこれないのであろう・・そう勝手に思い込んだ。・・では月が雲に隠れてしまったら・・奴らは此処迄やってくるのだろうか_?そう考えると恐ろしさに身震いがした。
狼の遠吠えが響いた。
ふと寝返りをうって息子の方を見上げ、寝ぼけまなこで
「起きてしまったのか、なにも気にせずに寝ろ」
父親はそう告げると、再び寝息をあげた。
しかしその拍子に、尿意を催してしまった。
厠はこの棟の向かいの納屋の横。厨房横の扉から外に出なければならない。
思わず部屋の中に尿瓶の代用になるものを探したが、花瓶ひとつない。
仕方あるまい。
ベッドから降りて、壁にかけた外套を着こみ、中履き用の木靴を履く。
木製ドアを引くと嫌な軋んだ音がする。
木靴で廊下に踏み出すと乾いた木の音と、更に軋んだ音が廊下に響いた。
冷え冷えとした廊下には突き当りの階段前にランプがぼんやり灯されていた。
安普請の壁のせいで、両側から各部屋のいびきが
階段の前に立つと下からやはり厠に行ったのであろう木こりの大男が階段を上がってくるところだった。
「おぅ、冷えるなぁ」
と肩をポンと叩いて部屋に引き上げてしまった。
だれかがいっしょに行ってくれたなら。
仕方ないじゃないか。木靴で階段を下るとその都度カックン、カックンと音がする。
階段横の部屋からだろうか「うるせいぞ!」と寝ぼけた声の怒号が飛ぶ。
一階に辿りつくとやはりランプの細い灯がボウッと食堂の中を照らし出していた。
椅子はテーブルの上に積まれ、整然と掃除をした後のようだった。
しかし、カウンターには飲みかけのジョッキーがいくつか残されていた。
カウンター脇のドアの前に立つ。
もしもあの闇の中にうごめく者たちが出てきたらどうしよう_。
そう考えると、二の足を踏んでしまうが、膀胱は限界に達していた。
ドアは二重になっており、ひとつ開けて、土間に入りもう一枚を開けて外に出る。
意を決してドアを開け向かいの納屋の隣の厠へと走る。月明かりに照らされたために、森の中の漆黒の闇は納屋の後ろにも厠の横にも伸びてきている。
しかし今は、それどころじゃない。そそくさと厠に飛び込む。
ほとばしる流れが始まった瞬間の解放感は格別のものだったが、同時に自分が途轍もない冷気に晒されていることに気がついた。背筋に悪寒が走る。そのとき、納屋で物音がする。その突然の事に驚くが、納屋に止めてある馬たちの嘶きであることがわかると、落ち着けた・・いや、その音とは違う隙ッ歯から息を通した様な不快な音を立てて、何者かが近寄ってきている・・!奴らなのか!?
シシシシシシシシシシィ―ッ!
厠から飛び出ると月光に照らされている場所まで一目散に走る。
シシシシシシシシシシィ―ッ!
振り向くと・・影から出てこれない者たちの姿がちらりと見えた_。
心臓は高鳴り、母屋のドアへと急いだ。
ドアを開け飛び込むと思い切りドアを強く締めた。
なのに・・鍵がない。
誰もがいつでも出入り出来るように開放しているのか・・・。
もう一枚のドアを開けて母屋に入ると、ストーヴの残り火の暖かさが残る室内で、深い息をつく。
しかし、月明りが消えてしまったなら。
先程目にしたものを、思い出してみようとするが、恐怖のあまり、思い出すことが出来ない。
あまりの恐怖に、サッサと寝て忘れてしまおうと、階段に向かう。
そのとき、鋭い音が闇を切り裂いた。
その後に続く、さめざめとした少女の泣き声。
更に、鋭い音が三度ほど続き、そのたびに少女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
その音が何処からするのか。恐る恐る足を進める。
食堂の奥の厨房・・その奥に食材の倉庫があり、そこはランプに照らされていて。
ドア越しに少女の細々とした声が、哀願しているのが聞こえる。
「ごめんなさい。もう二度とお皿を割ったりしませんから。許してください。」
すると今度は女将の怒号が聞こえる。
「当たり前だ!いったい何枚の皿を割ればいいんだいっ!この淫売の娘が!
だいたいおまえがここでこうやって住まわせてもらっているのは誰のおかげだと思ってんだいっ!?」
わかってんのかっ!」
なにか鞭のようなもので少女を叩いている音がする。
少女の泣き叫ぶ声がするたびに、居た堪れない気がして。
女将に許してもらえるように、話そう・・として。
だが、怖い。
なにがここで行なわれているのか?
見るのか怖い。
「どうしてそんな目で、私を見るんだいっ!私はおまえの雇い主なんだよっ!」
また鞭の音がする。
続いて少女の泣き声。
堪らない。勇気を振り絞って。
倉庫のドアを開けた。
「女将さん」
すると女将はきょとんとした表情で。
「おや、坊ちゃん、寝られないのかい?」

食材の肉を吊るす天井から下がるフックに両手を縛られた金髪の半裸の少女が吊るされている。
露になった背中一面に鞭で叩かれた跡があり、ゆっくりと回転しながら、まだ早熟な胸乳が。

その光景に戸惑った。
鞭を持った女将は、タバコを咥えて、紫煙を吐き出した。
その奥には酒を呷りながら薄ら笑いを浮かべて眺めている老いた亭主がいる。
見てはいけないものを、見てしまった。
その衝撃に足は震えた。

「さぁさ、坊ちゃん、こっちにおいで。」
少女はこの状況をみられることを恥ずかしがったのか身を捩る。
言われるがままに倉庫の中に足を進める。
「このイングリッドはね!
こんなかわいい顔をして、とんだ化け物使いだからね。
ついでにそのうち鬼をも恐れぬ鬼子を宿すのだからね!」
女将は、イングリッドに鞭をふるう。
うっすらと血が滴るイングリッドの胸乳に、得も言われぬ感覚にとらわれた。
心臓が高鳴り、いまでは寒さも忘れてしまうほどに興奮している自分がいる。

「ほら」
女将は鞭を差し出した。
「この鞭で痛めつけておやりなさいな。」
作品名:暗闇に棲むもの 作家名:平岩隆