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暗闇に棲むもの

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「やめろ、やめろ、こんな詐欺話に乗ってもロクな話にはならんぞ!」
話に割り込んだのは左目に眼帯をした汚らしい包帯に巻かれたような男だった。
汚れた軍服を羽織っており、いくつかの勲章が胸に
左足は下から切断されていて木製の義足を付けている。
「ゲルマン野郎共はサッサと逃げやがった。あの逃げ足の速さは、まるで馬のようだった。手前ぇ共の富と権力だけを振りかざしやがって、領民の事なんかなにも考えちゃいやしねえ。だからロマやらジプシーの奴らが入り浸ってよ。」義足の男は、ふと亭主と女将の方を見て、ニヤリと笑ってみせる。「奴ら森の中に住み着くんだ。それで毎晩、毎晩、酒盛りしてやがる。誰の酒で?誰の肴で?あいつらかっぱらっていくんだよ、森から出てきてよ。畑から。店から。なけなしの百姓どもの家からよ。そこで領民が泣きついて、オレたちが奴らを追っ払いに行くんだが、奴らは森の中にすぐ逃げ込みやがる。いつのまにか、奴らは森の中で闘う術を得てやがって。下手に深追いすれば、徹底的にやっつけられる。・・あぁ?そのとおりよ。我こそは、誇り高き侯爵の騎士である。ハハハ、そんなオレが。あんな奴らの罠にはまっちまって。あいつら、長いこと森の中で住んでいるうちに、薬草の事を憶えちまったんだ。奴らの矢には毒草から作った猛毒が塗ってあったんだ。血管に入った毒が心臓に回り込むのを防ぐためには。だから見ろ、この通りだ。膝から下を斬ってしまうしかなかった。となりゃぁ、騎士として商売あがったりだ。
あんなオーストリア野郎共がまた戻ってくるだと?笑わせるな。帰ってきたとしてもターキーの尻に敷かれて
領民から今以上に年貢を取り立てるだけだぞ。馬鹿馬鹿しい。」軍服の男は、詐欺師を威嚇して、ジョッキーを飲み干す。「田舎に引っ込んで、百姓でもするか。この足で出来るか、わからんがな。」
息子の方を見ると、低い声でこう言った。「人生は何が起こるかわからん。だからなめちゃぁいけない。」
息子が慄いているのを見ると、父親は軍服の男に声をかけた。「で、どちらに帰るんですか?」
すると軍服の男は大笑いして答えた。
「それが思い出せねえのさ。毒が頭に回っちまったのかもな。」
そう言い残すとカウンター横のドアから出て行ってしまった。
ドアにはトイレが隣の納屋の横にあることが書かれているのが見えた。
毛皮を着た大男たちがカウンターで大声を張り上げ酒瓶を酌み交わしていたが、その声が否が応でも耳に入る。「あぁ、この変わり者の爺さんが仕留めたあの馬鹿でかいヒグマをよ、引き揚げてくるのに村の男が4人がかりで、まる一日かかったんだ。なんだってあんな山奥まで行くのかね_。参ったぜ。」「でもご相伴に預かったからよかったよな。」「おぅよな、肉は硬かったが冬眠前で脂がたっぷりのってたからなぁ。」「だがなぁその 肉ってのはぁ隣村の娘の肉よぉ、その脂ってなぁ・・隣村の幼子の脂よぉ」奥にいた変わり者と呼ばれた無精髭の老人が吐き出すように言った。「あの熊公はぁ、隣村を襲った外道だ。おれが早く仕留めなかったから」途端に静まり返った。「おれがさっさと仕留めなかったから襲われたんだぃっ!」ジョッキを呷るとカウンターに突っ伏した。周りの男たちが、気にするなとでもいうように突っ伏した老人の肩をたたく。「そうだよ、あんたが撃たなかったら、今夜の夕飯は誰も食べられなかったんだからっ」女将が元気づけようと声を張り上げた。それを聴いていた息子は、口入れた腸詰がその熊の肉でできたものということが理解できた。だがそれ以上にその肉が人喰い熊・・村人を喰った・・つまりは喰った村人たちの血肉が自らの腹の中に納まったことになんとも言い知れぬ、むず痒さと胃の臓の中で酸が暴れているのがわかった。そして喉元を込みあげる不快感。
顔が青くなってゆく息子の顔を見て父親は背中を擦るが、床に吐き出してしまった。
それを見て狩人たちが豪胆な笑い声をあげる。「熊の肉が嫌いか?熊が喰ったものを知ってびびっちまったのか、小僧?あいつらはなんでも喰うぞ、蜂蜜に、栗に、ネズミにイタチにイノシシに・・あぁ人間も喰らうぞ!しかもやつらは人間の赤子が大好きだ。一度喰らって、その味を憶えちまったら、奴らは何度も何度も襲ってくる。しかもいちど喰らいついた獲物を取って置きやがる。その場で半分喰って、残りを隠しておいて、また喰いに来る。奴らに襲われて腕を食われた猟師が命からがら、崖を転げ落ちて難を逃れたはいいが、奴はその場所を憶えていて・・あぁオレの弟よォ。同じ熊に二度喰われた。」少年は更にもどした。「小僧、知らなかったか、人は他のモノの命を食って生きておるんだぞ。」と下品な笑いを浮かべる。
「可哀そうに。いい加減におしよ!」女将が男たちを止めようとするが男たちは酒の勢いで止まらない。
「小僧、名前はなんだ!?」
父親が息子を庇う様に立たせると男たちはブーイングを投げかけた。
「いいじゃないか、取って食おうってんじゃないんだ、オレたちは熊じゃない。熊狩りの漁師だ。」
父親は息子の顔を見ると上に行っていろというように顎をあげるが、息子は涙目を振りきって立ち上がると。
「ラウル・・」と云った。「ぼくの名前はラウル。」
すると猟師たちは一斉に声をあげ、喜んだ。
「ラウル!お前の名前か!ラウル!その名の由来を知っているか?!北方のスカンディナビアの血に飢えた海賊ヴァイキングたちですら恐れたオオカミ!それをやつらはこう呼んだ、ラウルと!小僧、おまえの名前は狡猾にして俊敏な最強の生き物、オオカミからとったものだ!おまえはこれから強い男になる、そのための苦労もあるだろう、だがそれらを跳ね返して最強の男になるのだ!」持ち上げるだけ持ち上げた男たちは笑った。
「どうだ小僧、ちんこに毛が生えたか?」
怯んだ顔をしたラウルに男たち噴き出したような笑い声を浴びせた。
「下品なこと言ってんじゃないよ」女将の制す声すら笑いを含んでいた。
「いいじゃないか、男になるにはそういうときもあるんだよ。
小僧、ちんこには神が宿る。小便するための道具じゃないってことさ」
笑い声が沸き起こった。
其処に軍服の男が帰ってきた。
「なんだ、シモの話か。そのとおり、女たちを喜ばせるために使わずにしてどうする?」
女将の尻を擦ってから一度、叩くと、男たちは狂喜し、女将も品の無い笑いに包まれた。

笑い声が最高潮に達したころ、奥の洗い場で皿の割れる音がして、一瞬静寂が流れた。
次の声を上げたのは女将だった。
先程のような声ではなく、乾燥しきった怒りの声だった。
「イングリッド!また皿を割ったのかいっ!」
その表情は凍てつく外気より厳しいものだった。
すると男たちはすごすごと席を立ち、階段を登っていった。
其の只ならぬ張り詰めた雰囲気を察知して、父親はラウルを立たせると男たちの列に連なった。
二階の突き当りの部屋に戻ると、父親は強い酒をあおったせいか自分のベッドの上に倒れ込んだ。
ひととき荒い酒臭い深い呼吸をすると、変な喘ぎ声をあげて、早々にランプの明かりを消し布団に潜り込んだ。
「早く寝ちまえ。」
その言葉の後には、重く湿ったようないびきが響いた。

作品名:暗闇に棲むもの 作家名:平岩隆