暗闇に棲むもの
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https://www.youtube.com/watch?v=aKYcvBKUzjI
Béla Bartók - Marche funèbre from "Kossuth"
ふたりは持てるだけの荷物を持ち、岩陰に続く階段を登り続けると岩山の間に小広く開けた部分があり、道はそこに通じていた。月は満々と満ちており明るく照らし出されたその場所は、墓場だった。それも、あまり人が訪れないような古い時代の墓石が並んでおり、或るものは苔生し、或るものは倒壊していた。墓場の中を続く道を進んでゆくと、古い寺院が建っている。見慣れたキリスト教様式のものではなく、それが証拠に十字架を示すものが無かった。異教徒の墓場_そう考えると、ここの土地が神より見放された場所なのではないか、と。しかし子供ながらに、両親に、学校の教師に、そして神父により、信じろと言われ続けて、訳も分からず教会に通い、その聖なる御力に期待したところで、どうだ。寒さと不作による貧困に泣かされ、肥え太るのは教会とひとにぎりの商人だけ。その商人が商売を広げたせいで、知らない土地の、死をもたらす伝染病を運んで、ひとびとは死んでいった。どんなにすがろうとも神の助けなど有りはしなかった。挙句の果てには、母親を失い、家をも焼き出されて、このありさまだ。只、異教徒の地となれば、いままで知った事が罷りならぬ恐ろしい土地というイメージがあり、そして鼻につく異様な臭い。これはいったいなんの臭いなのか。そして観たことのない様式の建築物、単純でいながら、恐ろしいほどに荘厳な。こんな岩山の奥深くに、なぜ建てられたのか?
そうこうしている間に、ふたりは寺院の入り口まで辿りついた。誰もいない廃墟と化した寺院。当然のことながら、明かりなど灯ってもいない。不気味な様式の入り口に両側には朽ち果ててはいるが、はっきりとそれとわかる竜の石像がふたりを見下ろしていた。入り口のドアも朽ち果てており、力任せに押し開けるとドア自体が砕けて大きな音を立てて壊れた。イングリッドが壊れたドアの木材に包帯を巻きアルコールを浸して火をつけた。松明の灯りにぼんやりと浮かび上がったのは、小広い拝殿とその中央に置かれた祭壇。そしてその上には、やはり竜が巨大な蝙蝠のような羽を広げている石像_。イングリッドはたいまつをもうひとつ用意するとラウルに手渡して、「地下に降りる階段があるはず」と探すように促す。ラウルは言われるがままに、地下への階段を探すが見当たらない。それほど広くない拝殿の中のどこにあるのか_。思案しながら、祭壇の下を覗き込むと床の一部が、巨大な円形の石で塞がれているのを見つけだす。ここに違いない!とばかりに落ちていた長めの棒をテコにして円形の石を持ち上げると。確かに地下に通づるらせん階段が現れた。勿論らせん階段のさきは漆黒以上の闇。松明の灯りを頼りにふたりは降りてゆく。
ひとまわり、
ひとまわり
ひとまわり
まるで地獄の底まで降りてゆくような感覚が。
ひとまわり
ひとまわり
ひとまわり
「どこに通じているんだい?本当に洞窟に通じているの?」
ええ、お婆さんはそういってたわ
永遠に続くと思われたらせん階段が終わった。
地面に足がつくと、湿った空気にさらされていることに気がついた。
だが不思議と寒くはない。いや寧ろ温いほどだ。
松明の灯が消えてしまうと、辺りは闇に包まれたが、暫くするとなんということか、蛍光性の苔が大量に生しているのだろうか、緑色、青色、そして白くぼんやりと光って見える。
ひかりごけって云うのよ。
「ひかりごけ?」
苔が光るからひかりごけ_。
目が慣れてくると、歩けるほどに明るかった。そしてそのヒカリゴケは洞窟の奥に向かって続いて生えていた。狭い狭い穴の中に向かって、まるで幻想的な世界に誘われるような光景に、ふたりは歩を早めた。すると剣のように鋭く突きあげられた巨大な岩があり回り込んで登ると、更にヒカリゴケの繁茂した広い空間が現れた。感嘆の声をあげ、ふたりは腰を下ろす。とても得も知れぬ安堵感がふたりを満たした。この空間の宙に舞っている苔やらカビの類のものが作用したのか、わからないが。とても穏やかな気分になった。冷たい地表から離れ、地熱のせいか、とても温かい。
ラウルはイングリッドの手を取ると抱き寄せてにキスをした。
さらにキスをした。
さらにキスをした。
イングリッドもラウルを求めた。
幾度となくキスを重ねるうちにラウルはイングリッドの髪を撫で、耳元で囁くがイングリッドが咳き込み言葉は伝わらなかった。首筋に舌を這わせて、イングリッドがラウルの耳元で囁くと、自分が言った言葉と同じで驚いた。その胸の高鳴りをイングリッド自体も自分の事のように感じることが出来て、さらに深く、深く求めあった。ラウルの手がイングリッドの胸乳に伸び、指先が触れると最初はぎこちなかったが、次第に荒々しく揉みしだいてゆくと、イングリッドは、ラウルに「落ち着いて、おちついて、時間はたっぷりあるわ」と諫める。下働きばかりをして手も荒れているはずなのに、イングリッドの柔らかな指がラウルを刺激すると、全身に伝わる悦びの快感に身悶えする。ラウルはイングリッドのはだけた胸の間に頭を埋めて。イングリッドが身を捩らせるが、やがてラウルを受け入れて。互いに互いの性器を刺激しあい、イングリッドはラウルを導き、ひとつとなる。最初の高まりすぐに訪れてラウルはイングリッドを満足させることは出来なかった。しかし、ラウルは、目の前の世界がまるで宇宙の星々が天空を回っているかのような、不思議な感覚にとらわれた。悦楽の高まりが脈打つようにヒカリゴケがぼんやりと光が増しているような。若すぎるというよりは、あまりに幼すぎるふたりは続けざまに何度となく求めあい、快楽の波が訪れるたびにラウルは得も知れぬ疲労感と脱力感に包まれていったが、幾度目かには、ようやくイングリッドを悦ばせることが出来た。だが。深い脱力感の闇の中に堕ちていった。とても深い。とてもとても深い闇の中に。
犯した過ちは、とても罪深い。
その罪を一生背負って、ゆかねばならない。
その深い罪の沼にひととき足を踏み入れてしまったなら。
這い上がろうと、いくらもがいてみても、さらに足をとられ深みに沈み込んでゆく。
そこは光の届かぬ、深い深い闇の底。
そこにいる者たちは光を欲しながら、その深い沼から抜け出そうとする。
が、多くのものは闇の中で生きる決心をする。この沼から出ることが難しいことを直に悟るからだ。
それでも深い沼から抜け出せたものは、堕ちてきた深い深い淵を必死に登ってゆく。
少しでも気を抜けば、まるで蝋を塗った床のような壁を滑り落ち、再び沼に沈むことになる。
只、光を再び目にすることを祈って。
只、うわごとのように、嘗てのようにまばゆい光の中に、身を置くことだけを祈って。
だがしかし、神すら拒絶したものが、いったい何に祈るのか_?
ラウルは暗闇の中で、ヒカリゴケに照らされ、妖しく、しかし美しいイングリッドの白い裸体を眺めた。
その肌に触れたくて手を伸ばそうとするが、身体が硬く固まっているのように動かない。
イングリッドの低い静かな声が響く。