暗闇に棲むもの
犯した過ちは、とても罪深い。
理性を失い、肉欲に耽った事を怒っているのか_?
まだ気がついていないのかい、坊や_。
ラウル、おまえが、ハマムで最後に撒いた葉は、毒薬なのさ。
勿論それだけで、死ぬことはない。あの葉の成分を吸ったら、びらん状態になって動けなくなる。
焼石も冷めれば、明るさが消える。そうすれば、奴らがあの場所にも近寄ることが出来る。
今頃、おまえの父親も頭から喰われていることだろうよ!
ラウルは理解することが出来なかった。いや、あまりの衝撃に、理解を遠ざけてしまった。
その様子を見て、イングリッドは湿った下品な笑い声を響かせた。
人殺しのラウル!これからはそう呼ばれるんだよ!
あの部屋にいた者たち、あのジプシーの変態夫婦も、樵も、猟師も、詐欺師も、傷痍軍人も・・
勿論おまえの父親も!
私は闇の種族の女。
或る夜、森に棲みついた異教徒を襲い、だがあの夫婦に捕まってしまった。
私はあの夫婦の息子を食べたのさ。だから、捕まえた私をいたぶるだけいたぶって殺そうとした。
それをなにも知らない坊やが、ひとときの情けで、可愛い私を助けてくれたのさ。
イングリッドがあげた下品でけたたましい笑い声は洞窟の奥まで響いた。
その悍ましい声にラウルはようやく自分の立場が分かりかけた気がした。だが、まさかそんなことを。
なぜあの夫婦は君とハーヴを採りに行かせたんだい?
あの時ふたりで逃げ出してもおかしくなかったじゃないか。
私が明るい処に居ることが苦手だということを知っていたのさ。確かに私には苦痛だった。だから長いこと外に居ることが出来ない。だからよく昼日中、外で働かされたものさ。陽の光という鎖で私を縛り付けていたのだからね。それに、前の晩に私を鞭打って、欲情した若き勇士もいたのだから。ハーブなんかどうでもいい、夫婦はあんたが私を暇つぶしに凌辱するだろうと思ったのだろう、よ。
ラウルは自らの忌まわしい行ないを今更ながらに恥じ入りながら、しかし腹の中から沸き起こる怒りが怒声を上げさせた。だがそれは洞窟の中に響き渡るだけで、身動きもできない自分の惨めさだけが、涙腺を刺激した。
でもね、あなたには生まれついての才能があるのよ。自分では気づいていないかもしれないけど。
あなたの背中には背徳の標の形をした痣があるわ、忌まわしきキリストの十字架をひっくり返した形のね!
それはあなたの母親、いいえ母親の母親も、ずっと前の母親も、魔女だった証よ!
いずれあなたも闇の種族になる運命だったんだわ。
さぁさ、生まれ変わる時間だよ。
ラウルの全身の肌はバリバリと引き裂かれ、中から目も鼻もない真っ白な顔の黒いやせ細った体のモノが現れた。
闇の中で蠢き、光を求めてはいるが、決して光の下には出る事の出来ないモノ。
イングリッドは最後に哀しそうな瞳を見せた。
あなたには本当に感謝しているわ。
ラウルだったモノが、最後に訊ねたかったことを、イングリッドは分っていた。
気がつくとラウルだったモノと同等のモノ共が辺りには大勢いて、静かにイングリッドに傅いている。
神すら拒絶したものが、いったい何に祈るのか?
此処はカルパティア山脈。古くは北方より現れ、屈強で、かつ野蛮で知られたゴート族が支配した場所_。
ここはトランシルヴァニア!昔のワラキア公国さ!
かつて竜(ドラゴン)の騎士団を従えた我が主(あるじ)ヴラド・ツエペシ!
またの名をドラゴンの息子・・ドラキュラ公よ!
我らが闇の種族の長を称えよ!ドラキュラを称えよ!
イングリッドのその言葉に、周囲のモノ共は声にならない声をあげて賛同した。
シシシシシシシシシシィ―ッ!
シシシシシシシシシシィ―ッ!
そしてラウルだったモノも合わせて声をあげた。
シシシシシシシシシシィ―ッ!
了