悠久に舞う 探偵奇談17
兄、来たる
部活を終えて帰路につく。日はずいぶん長くなったが、それでもまだ寒い。冷え冷えとした冬の夜の中を、家に向かって歩く。バスを降りて国道をそれると村の入り口だ。雪は少なくなったものの、道の脇にはどけた雪がまだ凍り付いてオブジェのように連なっている。
春が待ち遠しいなと瑞は思う。温かい春のぽかぽかした日差しが恋しい。今は鬱蒼としている山に、明るい緑が芽吹く日が待ち遠しい。あったかくなったら、日の当たる家の縁側に横になって、近所の猫と一緒にぽかぽかするのだ。それが幸せというものだ。ああ早く春になんないかな。
「あれっ?」
村の集会場の広場。街灯の下にぽつんと小さな影が見えた。広場には遊具もあり、小学生の遊び場であったが、こんな冬の暗い夜に遊ぶ子は皆無だ。しかしブランコには、少女が腰掛けているのだ。瑞は耳からイヤホンを引っこ抜いて少女に近づく。街灯に照らされた少女の姿に見覚えがあった。
「…若菜(わかな)ちゃん?何してんの?」
「あ、みぃちゃんだ…おかえり」
瑞のことを気安くみぃちゃんと呼ぶのは、麻生(あそう)若菜。家の近所に住む麻生のおばあちゃんの孫娘だ。中学一年生。二つに結った髪型のせいかまだ小学生のようにあどけない印象の少女である。
「家帰んないの?もう真っ暗だよ」
腕時計に目を落とすと、もう七時半を過ぎている。ダッフルコートの下は制服だし、学生カバンを持っているところを見ると、学校から戻ってずっとここにいたようだ。
「えっと、母さんが戻ってくるまで、ここで待ってるの」
「なんで外で?寒いじゃん。鍵なくした?」
そういうわけじゃないんだけど、と若菜はなぜか言いにくそうに言葉を濁すのだった。
「うち、おばあちゃんが入院してるでしょ。帰って一人でいるの、ちょっと怖いんだ」
若菜の母親が離婚をし、昨年の秋に母親と二人で都会からここへ戻ってきたのだと聞いている。高齢の祖母は瑞も幼いころからよく知っているが、入院しているとは初耳だ。
作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白