悠久に舞う 探偵奇談17
春はまだか
事件が無事に解決したと瑞に聞いた月曜日。同時に顧問から、紫暮が京都に戻る旨を伝えられた。4月からは教育実習生として、授業でも部活でも「須丸先生」になる瑞の兄。郁はその日を心待ちにしている。弓の指導を本格的にしてもらえる日が待ち遠しかった。
部活を終えた後、郁は瑞と伊吹とともに、駅まで紫暮を送りにきた。これから京都に帰るという彼は、年下の郁らに丁寧に頭を下げるのだった。
「わざわざありがとう。部活の帰りにすまないね」
「春休みなのに…もう帰っちゃうんですか?」
「うん。どうすぐに戻ってくるけどね」
「またご指導よろしくお願いします」
「こちらこそ、そのときはよろしく」
ホームに電車が滑り込んでくる。
「瑞、いいのか」
瑞は少し離れたところでつんとしている。伊吹が呆れたように手招きすると。
「春休みだからしばらくいれるとか言ってたのに」
そんなことを言うから郁は笑ってしまう。
「なんだよおまえ、寂しいの?」
「…違います!だったら最初からしばらくとか言わなくてよくない?」
「屁理屈言って。寂しいって言えよ」
「寂しくないです!」
伊吹にからかわれている瑞は、普段見せないあの子どもっぽさで拗ねてみせるのだった。反抗期の中学生のような態度である。
「じゃあな瑞、元気でやれよ」
「…言われなくても元気にやるし」
「風邪ひくなよ」
「…ひかんし」
「おねしょするなよ」
「せんし!!」
伊吹が腹を抱えて笑っている。瑞も兄を前にすると形無しである。だけど、これもまた彼が家族に大切にされている証拠なのだ。だから郁は、こんな瑞の姿を見ると嬉しくなる。
作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白