悠久に舞う 探偵奇談17
「…あなたがとっても綺麗な花を咲かせていたこと、わたし忘れない。夢でみた、あのぞっとするくらい美しい桜の花…」
影はもう見えなくなっていた。霧散したように、すりガラスの向こうには何もない。
「消えたみたいだね」
気配が消え、空気が正常に戻る。瑞の耳ももとに戻った。
「もう大丈夫だよ。ほら、若菜ちゃんおいで」
颯馬がそう言って立ち上がると、玄関の鍵を開けた。若菜を手招きし、取っ手に手を掛ける。
「最後の若菜ちゃんの言葉が、嬉しかったんじゃないかなあ。ほら」
がらっと颯馬が戸を開けると、夜の闇の中に白い花吹雪が舞い上がった。雪の様に降ってくる花びら。視界を覆い尽くすほどの、桜吹雪だった。若菜がその下に佇み、両手で花びらを受け止める。
「すごい…なんて綺麗…」
この世の光景ではなかった。瑞は、己の手に落ちた花びらをまじまじと見つめる。手のひらに、そして地面に落ちた花びらは、砂の様に砕けて消えていく。一瞬の美しさを体現したかのようなその不思議な光景を、紫暮もまた言葉を失ったまま見つめていた。
「…消えてしまっても。姿カタチがなくなってしまっても」
瑞は、あの夢を思い出しながら呟く。
「美しかった姿は、たくさんのひとの記憶に残ったはずだ。それって永遠ってことじゃないかなって思う」
「みぃちゃん…」
「俺も忘れない。この、美しい花を咲かせていた立派な木のこと」
季節が巡って春が来るたび思い出すだろう。きっと若菜も。
すべてが消え去り闇だけが残ってからも、瑞らはしばしそこに佇んでいた。消えてしまった、美しかった花の主を思いながら。
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作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白