悠久に舞う 探偵奇談17
家主というのは、それだけで家と家族を魔から守る力があるのだと颯馬は言う。先祖の力、土地神の力、氏神の力、そういったものに守られているから、と。
「ごめんね若菜、怖い思いをさせてごめんね…」
百合は何度も謝った。しかし、18かそこらの娘が夢の中で交わした約束のことなど、誰も責められはしない。若菜もそれをわかっているだろう。祖母を恨んでいる様子はなく、不安そうな百合の背を抱いている。
「桜の木が意思を持つ。お伽噺のようだな」
紫暮がそんなことを言い、瑞は少し面白くない。現実主義者の紫暮にとって、こういう話は眉唾なのかもしれないから。
「世の中には、人間の理解の範疇を越えたことだってあると思うけど」
尖った口調で瑞が言うのを聞き、颯馬がくすっと笑った。
「命のない道具でも、年を経たら意思を持って化けるでしょう?」
颯馬は丁寧に語る。
「ツクモガミってやつか」
「それそれ。下駄とか針とか。ちなみにネコだって化けるよ。でも今回は、精霊に近いものかもね」
精霊。颯馬が言うには、沓薙山の木々、土、葉、水滴、その一つひとつにも意思が宿っているらしい。それと同じだという。植物にもまた、意識というか意思のようなものが存在するのだと。
「木にも命と意思が宿る。特に桜のような木は」
どういうこと、と紫暮が興味を示している。
「桜っていうのは、美しい美しいと人間に称賛されてきた木でしょう?年十年、何百年も。大きな意思を持っていてもおかしくはないって思いません?人間を喜ばせ、愛されてきたのなら尚のコト。枯れ果てて死にゆくこと、無残に切り倒されることを許せなかったのかもしれない」
そうか、と紫暮がぽつんと零した。颯馬の話は、妙に納得できる。桜の気持ちになれば。
「孫は渡せないわ」
百合が毅然と顔を上げた。
「どうすれば、あの約束をなかったことに出来るかしら」
「他の誰にも出来ない。若菜ちゃんだけが解決出来るんだ」
瑞は答えた。
作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白