悠久に舞う 探偵奇談17
話して、と若菜が促す。記憶の断片を繋ぎ合わすように、目を閉じてぽつぽつと百合は語り始めた。
「わたしがこの家にお嫁に来た頃、まだ18かそこらの頃よ。山の畑の近くに、大きな桜の木があった。枯れた老木でね。花をつけるところは見たことがない」
それはきっと、瑞が夢でみたあの老木だ…。
「舅…おじいちゃんのお父さんがね、畑を切り開くのに邪魔だからと、切ってしまったの。もう花もつけないからって」
生きていくために、そうするのが当たり前だったのだ。老いた木を守るより、生活の糧を得る方がよほど重要だった。木を切ったことが罪だと、瑞にはどうしても思えない。
「わたしは…それが憐れだと、そうおじいちゃんに漏らしたことがある。結局桜は切られて、切り株も抜かれて、焼かれて…」
生きられなかったのか、と瑞はあの夢を思う。命を吐き出しているように見えた。あれは、あの桜の最期の瞬間だったのかもしれない。
「その桜の木の話と、若菜ちゃんを訪ねて来る何者かの繋がりに、心当たりはないですか?」
尋ねたのは颯馬だった。突然瑞が連れて来たこの男を、百合が内心どう思っているかはわからない。しかし今の颯馬はいつもの軽薄さを消して、百合の内面を見抜くような視線を投げかけている。只者ではない雰囲気を纏う颯馬の言葉に、百合は視線を彷徨わせたのち、額を抑えて答えた。
「…待って、夢をみたわ」
百合は恐慌をきたしたように、頭を抱えた。記憶が洪水のように押し寄せているのだ。
「そう、夢…!思い出した…!あれは、桜の木を切る前の晩のことだった」
それは、瑞が見たのと殆ど同じ内容だった。枯れた巨木が、光る花弁を吐き出す夢。年若い娘だった百合は、その夢の中で奇妙な老人に逢ったという。ぼろぼろの着物を纏った小柄な老人。
「…おまえの親族がこの木を切り倒そうとしているって。憐れむ思いがあるのなら、もう一度花開く力をくれと。確かにそう言われた」
作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白