悠久に舞う 探偵奇談17
若菜は、美しい桜の木の下に立っていた。月明かりに照らされた見事な夜桜だ。なんて大きな桜の木だろうか。見上げる巨木に、重たいくらいの花をいっぱいにつけている。樹齢は軽く100年を越していそうだ。
「綺麗…」
こんなに美しい桜を、若菜は見たことがない。風が吹くたび、花吹雪が舞って幻想的だった。吸い込まれてしまいそう。怖いくらいの美しさだ。単純に美しいというのは憚られるような。
「われの命はもう尽きる」
背後から、ざらりとした声が響き、若菜は全身を硬直させた。あの、声だ。毎晩若菜を訪ねてくる、あの声。なぜ…ここにいるの?
「いやだ」
振り返れない。声が徐々に近づいてくる。怖い。身体が動かない。
目の前で、桜の花がすべて風に消え、巨木はバキバキと音をたてて枯れ始める。早送りを見ているように。枝は折れ、虫が巣食い、幹は割れていく。
「朽ちるのはいやだ」
声がもう、背後まで迫っている。
「生きたい」
視界が漆黒に塗りつぶされる。
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作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白