悠久に舞う 探偵奇談17
一日も早く、若菜が安心して家に戻れる日が来るといいのだけれど。
「…ごめんなさい、顔、洗ってきます」
「あ、洗面所こっち」
「ありがとう、みぃちゃん」
みぃちゃん、という言葉に、郁と伊吹は多分同じ顔をしてしまったのだろう。何そのあだ名、かわいすぎでしょ、と。
二人が行ってしまってから、小さい頃のあだ名だと紫暮が言った。若菜とは幼馴染のようなものだから、未だにみぃちゃんなのだという。
「みぃちゃんて呼ばれてた頃はもっと可愛げがあったんだけどね」
兄弟だけれど、瑞は兄に対して中々素直になれないようだ。みぃちゃん時代はどんなふうだったのだろう。郁は、いまの瑞しか知らない。
小さい頃の彼は、どんな子どもだったのだろう。会ってみたかったなと思う。そんなことは不可能なのだけれど。
「瑞は、小さい頃から不思議なものを見たり聴いたりしていたんですか?」
同じことを考えていたであろう伊吹が、紫暮に尋ねた。
「うん。俺は、それを理解してやれなかったんだけどね」
少し寂しそうに笑ってから、紫暮はぽつぽつと話し始めた。兄弟の話を。
「うちは三人兄弟で、俺と妹は双子。俺が小学生のときに瑞が生まれたから、兄弟っていうより保護者みたいな立場でね」
瑞は末っ子なのだ。年の離れた兄と姉に囲まれて育ったという瑞。紫暮にとっては、かわいい弟というよりも、自分がきちんと躾けなければという思いの方が強かったようだ。
「だから、甘やかしたり一緒に遊んだ記憶はあんまりなくて、きちんとさせようと厳しく接してきた方が多いと思う。あんまり懐いてない」
「そんなこと…」
えらく寂しそうに言うものだから、郁はそんなことはないよと言ってあげたくなる。確かに瑞は兄に対して苦手意識のようなものを持っているようだが、紫暮とて憎らしくて厳しく接したわけではないだろう。
「なんか霊感じみたもん持ってるなあっていうのは、なんとなく知ってた。勘が鋭いところがあったりしたから。突然何もない場所を指さして泣き出したり、怖がったり。今思えば何か見えてたんだろうけど、当時の俺には理解してやれなかった。怖がってるからだ、とか、弱虫だからだとか、そんな風に一蹴したんだよ。だからかな、瑞は俺達には何も話してくれなくなった」
作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白