悠久に舞う 探偵奇談17
「この子はうちの近所の子なんですけど…ちょっと怖い目に遭っていて」
ストーブの前に若菜を座らせてから、瑞が郁らに若菜の抱える事情を話してくれた。わけのわからない者が一人でいるときに家に訪ねてくるという。それとの邂逅を避けるため、母が帰るまで瑞の家で過ごしているという若菜だが、今日は学校にそれが現れたのだという。
「夕方…部活が終わって着替えていたんです。みんなが先に出て、最後に部室から出ようとしたら」
部室の外から、あの声がしたのだという。しばらく意味不明なことを一方的に喋ったのちに消えたと言い、彼女はそこから瑞に助けを求めるためにここまで走ってきたようだ。
「もう逃げ場がないの?あたし、ずっと追いかけられちゃうの?こわい、嫌だよ」
若菜がしくしくと泣くので、郁は背中をさすってやった。そんなものにつきまとわれるなんて恐怖でしかない。人間ならば警察に連絡するなりして身の安全を図ることも可能だが、相手はどうやら生きた人間ではないらしいのだ。どうすることも出来ないのだろうか。
「うっ、ごほ、ごほっ」
「大丈夫?ゆっくり息吸って…」
「すみませ…」
咽たように咳き込む若菜。両手で口を覆った彼女の手のひらから、何かがハラハラと零れた。
(…花びら?)
郁は目を疑う。桜の花びらを、吐いた。しかしそれはすぐに消えてしまって、見間違いだったのかと首を傾げる。若菜は、そして瑞らも気づいていないようだった。
「でも、相手は入ってはこられない」
言ったのは紫暮だった。
「え…?」
「あれはたぶん、若菜ちゃんの許可がない限り、扉を開けることは出来ないんだと思う。家の玄関、部室の扉、語り掛けてはくるけれど、絶対に入ってはこられない。いつも尋ねてくるだろう?入っていいかとか、入りたいのですが、とか」
「そういえば…さっきも部室で聞かれた気がする…」
恐ろしいことに変わりはないのだが、若菜が「許可」しない限り、そいつは手出しが出来ないということだろうか。
「原因がわかるまでは怖いだろうけど、許可さえ出さなかったら安全とも言えるってことか」
瑞が言うと、若菜は少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「でも、何かの拍子に変容するってことも考えられるから、とにかく早く手を打たないと。ちょっと俺、心当たりあるんだ。トモダチに相談したら、アドバイスもらって」
トモダチというのは、颯馬のことかもしれないと、郁は思う。
「だから若菜ちゃん、あんま不安にならないで。大丈夫だから」
「うん…」
ふう、と深く息を吐いて、若菜は改めて突然ここへ来て取り乱したことを詫びた。郁も伊吹も、気にしなくていいと返す。彼女にはもう、頼れるものが瑞らしかいないのだ。
作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白