悠久に舞う 探偵奇談17
夕刻を過ぎ、雨が降りだす。昼間は晴れて温かかったのだが、弓道場の中の温度が少しずつ下がっていくのがわかった。
「一之瀬、もうあがれよ。あんま無理するな」
「はい!」
自主練主で残っていた郁は肌寒さを感じながら部活の片付けを始める。伊吹と瑞は指導に回る時間が多いので、部活後の自主練習に集中している。今日は紫暮も残って二人の射を見ている。
(明日も頑張ろう…)
この頃、指導してもらう機会が増え、郁は手ごたえを感じていた。少しずつだけれど、苦しんでやってきたことが目に見える形として成果を上げているのだと。
(雨か…傘、昇降口にあったかなあ)
取りに走ろうと頭にタオルを被ろうとしたとき。郁は木陰からこちらを伺っている人影を見つける。街灯に浮かび上がっているその姿は、小柄な少女だ。セーラー服にダッフルコートを羽織った少女。中学生だろうか。おろおろとした瞳が涙で濡れているのを見て、郁はただごとではないと悟る。
「だ、大丈夫?どうしたの?」
そばに駆け寄ると、少女が小さく震えているのがわかった。
「あ、あの、わ、わたし…」
「落ち着いて」
「ううっ…」
少女はとにかく取り乱していた。答えようとするのだけれど、気持ちが追いつかず言葉にならないほどに。
声を聞きつけてか、瑞が出てきて少女の姿を見て声をあげた。
「若菜ちゃん」
若菜ちゃん?瑞の知り合いのようだ。
「どうしよう…あのひと学校にも来た…」
少女の言葉を聞くと瑞と、背後から顔を出した紫暮の表情が険しくなり、その深刻さに郁は戸惑う。
「どうしよう、どうしよう…もう逃げられないよ…」
パニックになる少女。郁はわけもわからず、彼女を落ち着けようと肩を抱いた。凍り付くように冷たい手が、郁の手をぎゅっと握った。かわいそうに、震えているではないか。
「あの、とにかく中に」
奥から出てきた伊吹が、事情はわからないが入るように促した。寒空の下で泣いている少女を気遣ってくれているのだろう。
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作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白