悠久に舞う 探偵奇談17
来訪
稽古を終えてからも、紫暮に教えを乞おうと熱心な部員達が居残りをしている。四月になれば新入生も入ってくる。実力者、経験者が入ればレギュラー争いは必至だ。もっとうまくなりたい、上達したい。郁にもその揺るぎない思いがある。
「遅くなるし今日はここまでにしよう」
「ありがとうございました!」
心地よい疲労感とともに部活を終える。着替えを済ませて友人らとともに外に出ると、冷たい空気が肌に突き刺さった。
「さむー」
「鍵返して帰るね」
「郁、今日バス?」
「うん」
「また明日ね」
職員室に鍵を返してから正門に向かう。瑞が立っているのが見えた。
「お疲れさま。帰んないの?あ、お兄さん待ってるんだね。いま職員室にいたよ」
「うん、そう」
心底一緒に帰りたくないという顔をしていた。苦手なのだというが、男兄弟というのはこういうものなのだろうか。
「えっと、じゃあ、また明日ね…」
なんとなくぎこちない空気になって、郁は慌てて彼の前を過ぎようとした。部活中や授業中は普通に接することが出来るのに。二人きりになると、どうしても意識してしまう。焦ったのが悪かったのかぬかるみに足をとられて滑り、ローファーが片方飛んでいった。郁は盛大な悲鳴をあげてよろめき、咄嗟にそばにいた瑞にしがみついてしまった。
「うわっ!大丈夫かよ…」
「ご、ごめんね!」
靴を拾って慌てて履く。恥ずかしい!挙動不審で怪しまれてしまう。甘い匂いがふわりと香って、ますます意識してしまう。いい匂い、大好き、今日も寝癖ついててかわいかった。心の声がだだもれだったら、瑞にドン引きされてしまう…。
「さっき少し降ったからぬかるんでるんだな」
「…そうだね」
乱れた髪を整える。もらったヘアピンは、毎日欠かさず前髪につけている。
作品名:悠久に舞う 探偵奇談17 作家名:ひなた眞白