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短編集48(過去作品)

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 断崖絶壁に立って強い風を感じていると、甘い匂いが感じられた。前にもどこかで見たことがあるような光景だ。
――俺って誰かの生まれ変わりなのかな――
 などとなぜ今思うのか不思議だった。沁みを見ていて最初の形に覚えがあるように感じたのは、前世での自分を鏡で見たように感じたのを思い出したからかも知れない。
――きっと前世は芸術家だったんだ。そして、その時もここを訪れている。落ちるところまで落ちてしまうんだ――
 旅に出てから走馬灯のようによみがえる記憶、それは、女のことと、芸術を好んだことしかない。淫靡な影がどこに存在するのか分からない。ピンポイントで思い出す記憶とは微妙に違っているのだが、自分の人生が何だったのか、今さら感じずにはいられない。
――幾度目の旅行――
 幾重にも重なった人生が存在しているように思う。小説を書いている自分も一つの人生であろう。それらが薄い壁なのか厚い壁なのか、もうすぐ分かる。
 風が鈍色に見えてくる。絶壁の向こうに見える影は、壁に残った沁みに見えてくる。思わず耳を押し当ててしまう。
「あっ、あぁ」
 甘い香りに誘われるように甘い声が聞こえたかと思うと、身体が宙に浮くのを感じるが、本当に感じていたのか分からない。だが、一番の快感を今得たことだけは確かだった。
 そして、その時に感じた香りには、柑橘系に混じり、セメントが入っていたのを感じていたのだった……。

                (  完  )



作品名:短編集48(過去作品) 作家名:森本晃次