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短編集48(過去作品)

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アゲハチョウの衣装



                 アゲハチョウの衣装


 華やかなパーティに参加したことのない人間が、急に出かけていくと、何をどうしていいのか分からなくなってしまう。いわゆるパニックに陥ってしまうのだが、最初から緊張することもなくその場にいることができるとしたら、それは神から与えられたものなのかも知れない。
 三宅潤子は、初めて参加したパーティには、飛び込みであった。元々知り合いからの紹介であったが、紹介してくれた人が一緒に来てくれるわけではなかったので、本当であれば緊張してしかるべきだ。
「私は、その日、残念なんだけど一緒に行けないのよ」
 と後になって聞かされた。最初は、
「えっ、そうなの。じゃあ、私一人なのね、大丈夫かしら?」
 電話での会話だったので、顔が見えないことで相手には、さぞかし潤子が不安を感じているように写っただろう。だが、実際は不安に感じることなど何もなく、落ち着いていたのだ。
――誰もいないところで一人でいるのもオツなものだわ――
 と感じたのだが、そう感じるようになるには、何かのきっかけがないと無理だったに違いない。
 潤子にとってのそのきっかけはその前の日に見た夢だった。夢の中での華やかなステージ、自分が壇上にいるわけではないのに、華やかなステージを盛り上げている女性への嫉妬心が浮かび上がってくる。
 華やかな女性には男性が群がっている。
「主役は私よ」
 と言わんばかりの表情が嫌が上にも潤子を見つめている。
 目を合わさないようにしようとしても、目が追いかけてくる。逃げても逃げても追いかけてくることから、
――これは夢なんだ――
 と気がついた。
 気がついてしまえば、夢とは覚めることに相場は決まっている。夢から覚めると、
「やっぱり」
 と呟いてしまう自分に少し安心していた。
 潤子にとって華やかな場所は無縁だった。縁があるとすれば、結婚式くらいだろう。他人の結婚式では静かに一人で佇んでいるだけかも知れないが、
――自分の結婚式だったら――
 と考えるが、今度は思い浮かばない。華やかなことに縁のない人間にとって、華やかな場面をイメージすることすら許されないと思っていたので、夢に見たことを嬉しく思えたのである。
 しかし、自分の結婚式においても、果たして華やかでいられるだろうか?
 どんな人が夫になるか分からないが、きっと夫を立てる妻の役がお似合いで、華やかでありながら、主役の中でも相手に立場を譲ってしまって、きっといつも脇役であり続ける自分を想像して、悲しくなってしまうかも知れない。
 人にものを譲ることにかけては、小さい頃から培ってきたものがある。それこそ自分の人生だと思ってきたのだ。
 夢から目が覚めた時間は、まだ暗闇が抜け切れない早朝だった。カーテンから漏れてくる朝日はまだ誰もが眠っている時間であることを示している。時計を見るとまだ五時前くらいで、
「この時間って、こんなに明るいのね」
 と感じていた。
 明るさはきっと目が暗さに慣れていたから感じたことで、本当は暗闇に近かったのかも知れない。それとも華やかな夢を見た後であるという印象が残ったままになっているからであろうか。
 ベッドで寝るようになったのは、最近からである。学生時代までは布団を敷いて寝ていたのだが、なぜベッドにしたかというと、会社で好きな人ができたことで気分転換をしたかったからだ。
 今まで好きな人がいなかったわけではないが、好きになる人は地味な人が多かった。自分が地味な性格なので、地味な人しか相手をしてくれないからだと思っていたが、最近になって、
――地味な人しか相手にしてくれないのではなく、地味な人しか自分が相手にできないからだ――
 ということに気がついた。あくまでも問題は相手側にではなく、自分の側にある。そのことを変えたい意味での気分転換である。
 派手な人を好きになったのは、相手から話しかけてきてくれたからだ。別に相手に恋愛感情があるからだというわけではないのだろうが、話しかけられて最初に臆するような態度をとってしまった自分が少し悔しかった。
 華やかな場所というと、結婚式以外でも、披露パーティはいくらでもある。
 芸術に造詣の深い人の発表の場であったりするのも華やかな披露パーティである。潤子の場合も、同じ華やかな場面であれば、何か自分の実力での披露パーティであってほしいと願っている。
 潤子は出版会社に勤めている。編集の仕事の傍ら、自分でも小説を書いたりしているが、なかなかうまくはいかない。これでも大学時代は文学部の中でも文章的な才能は自他共に認めるものがあったが、なかなか文筆業への道は簡単なものではない。今では趣味と実益を兼ねて出版社で編集の仕事をしながら、
――いつかは自分が――
 虎視眈々と狙っているのだ。
 出版社では、どうしても作品を提供してくれる「先生」と呼ばれる人たちへは逆らえない。だが、逆に作品が頭打ちして、「先生」と呼べるにふさわしくない人になってしまうと、これほど冷たいものはない。
――浮き沈みの激しい世界――
 この業界だけが特別というわけではないが、
――光あるところに必ず影がある――
 という言葉を繰り返したくなる。光にとって影は、影にとって光もかけがえのないもののはずなのに、正反対のものであるがために、それぞれに確執が生まれてくるのだろう。
 潤子にとっての華やかさとは、自分の作品が表に出ることだと思ってきたが、作品が光となってしまえば、本人が影になりかねないということもありうることだ。それを自分の中で分かっているはずなのに、誰にも知られたくない事実として、自分でも認めたくないという気持ちを不思議に感じていた。
 表に出ることと、自分の作品を認められるのとがどちらがいいかと聞かれれば、間違いなく、
「自分の作品」
 と答えるだろう。だが、それでも自分の中で納得いかない潤子がいるのだ。
 今までに何度か賞賛される夢を見たことがあった。
 夢の中で潤子は自分の作品に酔っていた。いつも作品を書く時は、あまり自分に酔うことなく書けるようにと心掛けてきたが、納得のいく作品になると、そうもいかない。自分に酔うことで、作品も引き立つと考えているからだ。
 だが、夢の中の自分は、作品に酔っている。
「この作品だったら、きっと最高の栄誉が得られるに違いない」
 とさえ思っていたのだ。
 夢の中での披露パーティ、誰もが賞賛してくれている。今までの潤子は悪く言えば僻み根性があった。人からちやほやされることなど自分にはないと思っているからに違いないが、そんな自分が時々嫌になった。だが、最近ではそれもなくなり、感覚が次第に麻痺してきていることに気付いていた。
 夢の中とはいえ、賞賛されることが嬉しい。賞賛されている人物が自分であることがいつまでも続けばいいと思っていると、まわりの人の目が嫉妬心に燃えているのに気付く。
 ドキッとしてしまって、声も出ない。だが、これこそ今までの自分であった。まわりの人の顔がすべて自分に見えてくる。夢のクライマックスが近づいてきた。
 ここまでくれば、
――今までにも同じようなことを感じたことがある――
作品名:短編集48(過去作品) 作家名:森本晃次