短編集48(過去作品)
意外とアルコールに弱いのにはビックリした。少し呑んだだけなのに、かなりの酔いに見舞われている。だが、悪酔いという雰囲気ではない。酔うと陽気になって、口数が増えてくる。あまり酒を勧めなくなると、今度は自分でゆっくりペースで飲み始める。
杯が進むたびに雰囲気が変わってくる。最初は普段と変わりないが、次第に子供のような無邪気さに変わってくる。一気に饒舌になるのだが、次第に口数が減ってくると、今度は妖艶な雰囲気を醸し出してくる。
ここまで来ると、さすがにもう勧められない。
「もういい加減に止めた方がいいんじゃないかい?」
「ええ」
素直に敏郎の言葉に従う。トロンとした目は敏郎の瞳を捉えて離さない。敏郎も決してその目を捉えて離さないのだが、見つめられてかなしばりに遭っているというよりも、敏郎の意志の方が強い状態だった。
ホテル街に向いている足は千鳥足だったが、敏郎自身はそれほど酔っ払っているわけでない。悦子にしてもどれほどの酔いなのか想像もつかないが、何の抵抗もなくホテルに入り、抱き合っている時に感じた悦子の震えには少しビックリした。
そこに言葉はなく、無言の元に儀式が催されただけだった。若干の感情の盛り上がりを感じながら、それでいて、相手の身体が熱くてたまらないのに、なぜか他人事のように思えていたのは、敏郎の昔からのくせである。
自分にとって究極の感情の高ぶりは、得てして自分の立場を他人事のように表から見るものにしているのだ。
悦子と付き合うようになったのは、それからだが、悦子の中に何か懐かしさのようなものを感じていた。
――以前に付き合っていたオンナの誰かに似ているのかな――
聡子と別れてから、数人の女性を知った。付き合っていたというよりも、身体を重ねてすぐに別れた女性もいたりした。
――どこか身体の相性が合わないのかな――
と真剣に考えたりした。身体と心の相性が両方自分に合う女性などというのは、そう簡単に出会えるはずもないことは分かっているつもりだ。だは、それにしても多すぎる。そういう意味で悦子に感じる懐かしさも、身体の相性が合わないと相手に思わせるのではないかと感じていた。
だが、悦子とは別れるどころか、彼女の方がどうやら敏郎の身体を気に入っているようだ。
会うたびに身体から発せられるフェロモンをムンムンに感じないわけにはいかない。
いつ頃からだったか、そんな悦子に少し違和感を感じ始めた。敏郎の方で、身体の相性に疑問を感じるようになっていた。
少しずつ自分の中で疑問を感じていたが、それを彼女は悟ったのか、別れを切り出してくれたのは、彼女の方からだった。
いつか出会った公園で、その日も夕凪の時間帯だった。果てしなく伸びた長い影が次第に薄くなっていく。その日はいつもと違うコースでやってきた。
田代坂を上ってきたのだ。
今まで下ってきたことで、相手から身体の相性の悪さを感じられ別れてきた。今度は田代坂を逆に上ってきたのだ。
――これでよかったのだろうか――
幾分かの疑問が頭に残ったが、少なくとも田代坂がこれまでの自分に与えた影響の深さを痛感していた。
――これからは田代坂を通らないようにしよう――
潮風の思い出とともに、田代坂の思い出は、この瞬間に敏郎から消えていた。
敏郎が結婚したのは、それから半年後のことである。それからの田代坂がどうなったのか、敏郎は知らない……。
( 完 )
作品名:短編集48(過去作品) 作家名:森本晃次