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短編集48(過去作品)

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 と言われても、人に言われるとすぐにメモしないといけないと思い、手近なものにメモをしてしまってそのままになってしまう。確かにまわりの言うとおりなのだが、メモを書き写そうとしても、どこに行ったか分からなくなることがそれまでに何度もあった。
 そのうちにメモをしたことすら忘れてしまって、毎日見ればいいのだろうが、その感覚すら薄れてしまう。
――忘れっぽい性格なんだ――
 という自己暗示に掛かってしまうのだ。
 結局、自分の頭で納得できないことは整理がつかないことに繋がり、
――忘れっぽい――
 という性格で自己暗示を掛けてしまった。それが少年時代の敏郎だったのだ。
 記憶力がいい悪いという問題ではないのかも知れないが、納得の行かないことから自己暗示に繋がることの方が問題なのかも知れない。
 敏郎の忘れっぽい性格はそれほど治ったわけではないが、整理整頓はそれなりにできるようになった。理屈が頭の中で整理できたからだろう。麻痺した感覚が治るまでにはしばらく時間が掛かったが、それでもしっかりと自分の中で理屈を理解できるようになるとまわりからの見方も変わってくるもので、それまでまったく相手にされなかった女性と話ができるようになったのも、中学卒業間際のことだった。
 クラスではトップクラスの成績、まわりからはガリ娩タイプの女の子というのは、得てしてきつい性格に見られがちだが、敏郎から見るとそうでもなかった。
 何よりも彼女も自己暗示に掛かりやすい性格であるということを聞いた時、
「それなら俺と一緒だ」
 という一言から、急速に気心が知れてくるようになった。
 相手が女性だと、どこか緊張して話しにくいものだが、彼女に関してはそんなことはなかった。
「まるで幼馴染のようだね」
「そうね、私ももっと前からお話していたように思うわ」
 中学生ということもあり、それが初恋だったと感じたのは、そんな会話があってからだった。それまで女性に対して特別な感情を抱くこともなく、彼女がほしいなどと考えたこともなかった敏郎だが、
――思春期なんだよな――
 と彼女を見るたびに、自分の中で今までにない感情が生まれていることを感じるのだった。
 純粋だった中学時代。今でも根本的な気持ちは変わっていないように思うのだが、男として大人になってしまっていた。
 初めて女を知ったのは大学時代だった。すでに高校時代までに女を知っていた連中も何人かいたようだが、決して敏郎は焦っていなかった。
 出会いがなかったわけではない。それなりに彼女もできて高校時代に甘い恋愛をした思い出も残っているが、オンナとして見ることはなかった。
 大学に入ってできた友達というのは、高校時代に済ませていた連中が多かった。
「まだオンナを知らないんだ」
 と言えば、てっきりバカにされるのではないかと思ったが、
「最初はプロがいいかもな」
 と教えてくれた。風俗関係は自分とは縁のないところだろうと思っていた敏郎は、
「どうしてそう思うんだい?」
「彼女たちは優しく接してくれるからね。短い時間かも知れないが、しっかり男性の身になって話をしてくれるさ。下手な偏見なんか捨てれば、後は恋人気分に浸れるぞ」
 それまで風俗というものに縁がないと思っていた敏郎は、その話を聞いてからまるで目からウロコが落ちたような気持ちになった。だが、さすがに一人で行くのは気が引けるので、詳しい友達についてきてもらうことにした。
「初心者が一人で歩いていると、どうしても見誤ることがあるからな。しっかりとした情報を持っていないと、結構ぼったくりに遭ってしまうこともあるから気をつけないといけない」
 一人が心細いという気持ち以外に、そういうこともあるのだと初めて気付いた。何しろまったくの素人なので、浅い考えが行ったり来たりと堂々巡りを繰り返していたようだ。
 友達が案内してくれた風俗街は坂になっているところだった。
 丘の上の方にはスナックやバーの入った雑居ビルが点在していて、坂を下りていくところに風俗街が煌びやかなネオンサインで眩しく周りを照らしている。
「こんなところがあったなんて」
 丘の上のスナック街には何度か友達と来たことがあったが、その先に坂があって、これほど煌びやかなネオンサインが眩しいなど想像もつかなかった。
「すごいだろう。上の通りとはまったく別世界に見えるのも当然かも知れないな。わざと坂に作ったのは、上の世界との違いを明確にするためだということだが、風俗街にとっても却って幻想的に感じられて客からしても否応にも興奮が高まってくるというものさ」
 友達は風俗街に何回足を踏み入れたのだろう。口調だけを聞いていればかなりのベテランに聞こえる。それともこの街の独特な雰囲気が他にはない気持ちを掻き立て、一度や二度来ただけでも、何回でも来ているという気持ちにさせるのかも知れない。
 風俗街の入り口には、男性天国と小さめに書かれていた。まさしく別世界にふさわしい名前ではないだろうか。男性天国などという言葉、どこにでもある平凡な言葉なので、本当なら見過ごすところだが、その時は見過ごすことはできなかった。
 煌びやかなネオンの中で、少し控えめに見える店に友達は入っていった。表にいる男は横目に見ながら軽く頭を下げたが、必要以上に挨拶をしない。これがここのしきたりのようなものかも知れない。
 ネオンサインもこの街の中では控えめだが、きっと他に行けば相当眩しいに違いない。
「ここはこのあたりでも古く、老舗に近いんだ。だから俺なんか安心してくることができるんだ」
 なるほど、ネオンサインが控えめに感じられたのは、まだ他に店が少なかった頃からある店だからだ。照明を付け替えることはあっても、看板は変えない。老舗ならではのプライドのようなものを感じさせられた。
 店員もなるべく見て見ぬふりをするのも、客の気持ちを思ってのことなのか、それともそれだけ友達が常連であるのか、どちらにしても敏郎には気を遣っているのが分かった。緊張していて心臓が飛び出しそうなほど胸の鼓動を感じているにもかかわらず、妙に落ち着いたところもあることに自分自身ビックリしていた。それこそ、自己暗示に掛かりやすいところの裏の性格なのかも知れない。
 どちらが裏でどちらが表か分からないが、結構天邪鬼なところがある敏郎は、冷静な時に急に慌ててみたり、緊張が高まっている時に、どこか落ち着いていたりするものだ。後者は何となく自分でも分かっている。開き直りのようなものがあるということと、緊張が高ぶってくれば、ある一線を越えてからは、自分を他人事のように見てしまうからである。そのことには高校時代から気付いていた。気付いていたがなかなか自分で納得できるところまでは行っていなかった。自分で納得できないことは行動にも移さないが、一旦納得してしまうと、それが潜在意識になってしまい、自己暗示に掛かることは小学生の頃から分かっていたことだった。
作品名:短編集48(過去作品) 作家名:森本晃次