コート・イン・ジ・アクト3 少数報告
それは魔女狩りではないのか。悪い人間は誰なんだ。能力者か。その協力者か。ひょっとして、死ぬはずだった被害者か。あなたがたはその時どうするつもりなのだ。善き人々を狩る気でいるのか。彼らが間違っているからと言って。
さらにこれには――と『クラップ・ゲーム』のコミック・ブックを取り上げて言った――殺人予知の軍事利用の可能性が示唆されています。おわかりでしょう、能力者を軍艦にでも乗せてやればそれだけで軍事防衛システムとして機能する。実に当然の簡単な理屈だ。
果たして軍というものが、これをほっとくものでしょうか。普通に兵士として使い給与と休暇を与えるのなら何をとやかくいうことはない。予知システムが完成すればそのまま国の防衛の役も果たすことになるから、軍もリスクを冒してまで非道な軍事研究など行うことはないのじゃないかと考えられます。
だが能力者を町から離し外界から隔絶した状態に置くというのは、軍がその気になればどんな研究も秘密にしてやり放題という話になりませんかね。どうでしょう。
このフユキ・タジマの作には、人為的に兵士に殺人予知能力を芽生えさせより確実に作戦を遂行させる部隊を作るための人体実験などというものも描かれています。このMANGAをオタク文化の絵空事と言って片付けるのは簡単ですが、しかしそうしてしまっていいのか。
現にシリアや北朝鮮など、我々のプロジェクトに賛同しない軍事独裁国家では殺人予知者を国境警備や要人の暗殺防止にのみ使い、圧政を強めているとの報告があります。一部の国でもう既に恐ろしい実験が行われていない保証もない。あなたの国は大丈夫ですか。
――殺人予知の軍事利用の可能性について、たとえば日本の防衛省は次のようなコメントを出した。
「可能性も何も、理論的な研究ならばもうとっくに始めています(当たり前じゃん)。軍事利用は当然のことでもちろん我々は行います。だが決して巷に言われる人体実験などはありません。能力者を艦艇に乗せる構想なども存在しますが、海難事故や海賊問題の必要から海上保安庁の巡視船が優先されることでしょう。どのみち国の防衛の役も果たしてくれるのだから、別にそれでも構わないというのが現在の考えです。
いずれにしてもロボット人間カプセルなどというのは考慮のうちにありません。自衛隊員として普通に船に乗せればそれで事足りるのに、そんなバカげたシロモノに百億のコストをかけてどうするのか。
とは言えもし世界的にプロジェクトが中止になれば、そのような兵器を造ろうとする国がきっと出てくるでしょう。自衛隊では無論そんなことはないと言いたい……しかしいま日本がこのプロジェクトから抜けたなら、近隣諸国の半日思想の持ち主から人間カプセルだのエスパー部隊だのいうものを日本が開発していると言われるのも疑いない。
それだけならば言わせておけばいいことでもありますが、北朝鮮が参加を拒んでいる現状では、他のマトモな国々からも同類とみなされるのは必然です。そのような事態を避けるためにも、防衛省及び自衛隊は日本のプロジェクト参加継続を支持するもので――」
うんぬんかんぬん。
能力者の強制移送と絶望収容所。クラップ・ゲームと魔女狩り現象。そして非道な軍事利用とローグ・ネイション(ならずもの国家)の仲間入り――これらの現実を突きつけられて反対運動は急速にしぼんだ。潮流が銀河の腕のようにあらゆる国を絡め取り、収束する渦を巻き始めた。その流れに乗らぬのは軍事独裁政権を持つ一部の国だけだった。
プロジェクトの中止はもはや考えられず、主導権をどこが取るかで大国間の競争になった。アメリカがそれは当然ウチだろうと言い、日本はそれに追従したが、多くの国はあんな大雑把な国にやらせてなるかと抵抗した。
しかし混乱はその程度で、法執行機関に厳しい制約とシビリアンコントロールの徹底を課すことを条件として、予知システムの構想は各国議会の承認を得た。
すなわち被疑者の拘束は犯罪の事実を確かめたうえでの現行犯逮捕でなければならず、市民から選ばれた陪審員や裁判員の裁定なしに人を有罪とすることはできない――。
現在、それでも廃止を叫ぶ強硬派の者達は、大抵同時にアポロの月着陸はなかっただとか言っている。人権団体とは名ばかりのただのトンデモ集団だ。政治結社や宗教法人はトンデモ人間を表に集めて裏でマルチに手をつける下水道のドブネズミで、弁護士はそれと知ってて加担する同じ穴に住むムジナだ。頭を割って中を覗けば、どの脳にも妙な電波を受信する虫がウニョウニョとしているだろう。
ホームレスの支援なんかもするようなマトモな市民団体は予知は廃止できないとわかってるから変な運動はしないのだが、コドモオトナはちゃんとしたのには惹かれないからエセ団体にひた走る。そう、昔からよくある話だ。カルト(狂信)に優る金儲けなど世に存在しないのだから。
連中も悪いがマスコミも悪い。世の中バカだらけじゃないとやつらは商売あがったりだ。だからとにかく電波には「バカになれバカになあれ」と呪(まじな)いをかける。
ドラマのサスペンスものは毎日、人を殺すと予知された者が必ず直前で思いとどまり、さあこれこそシステムに欠陥がある証拠だと言うもんばかり。だが決して探偵役が「システムを廃止しろ」とセリフで言うことはない。
脚本家がもしそんなの書いたとしてもプロデューサーに直されて五時間説教食らうだけだ。台本は『だからといって廃止はできない。それが難しいところだなあ』となりました。だからこれで演(や)ってください、と。
トーク番組で血の気を上げて「廃止廃止」と吠えるのは、タレントでも特に頭の悪いやつらだ。だからもちろんそれを好んでスタジオに立たせ、思うままに喚かせる。特にイケメン男がやれば、アーパー女が黄色い声で「そうよーっ! 廃止よーっ!」と呼びたてるわけだ。
予知システムは山ほど問題を抱えているが廃止はできない。できないのだ。廃止できないこと自体が問題のひとつとさえ言える。廃止できないから存続するシステム。本当はあってはならないのかもしれないシステム。できるのならば廃止すべきかもしれないシステム。
おれはときどき考える。ひょっとして殺人予知は人という種(しゅ)の愚かさに呆れ果てた神様が見限る前の最後の救いに寄越したものなのじゃないかと。だが人間はその糸をいずれ自ら断ち切ってしまうのじゃないかと。
予知の制度は続いているが、人々の信頼などは得ていない。得られるはずもないだろう。これも抱える問題のひとつだ。
人は言う。「なるほど予知者の強制移送でシステム廃止というのは無茶だ。しかし他に何か穏やかな方法があるんじゃないのかな。それを考えてみるべきじゃないの?」
ウンごもっとも。ではそいつに訊いてみよう。他の方法ってどんな方法?
すると返事は必ずこれだ。「いや、それはボクにはわからないけどさ。でもきっと何かあるよ」
こう言うだけでまったくなんにも考えない人間が圧倒的多数を占めているのが今の浮き世の現状ってわけだ。殺人課がアレコレ言われ突(つつ)かれる日々に終わりは来ないだろう。
作品名:コート・イン・ジ・アクト3 少数報告 作家名:島田信之