コート・イン・ジ・アクト3 少数報告
04
あなたが橋を渡っていて、川の景色にふと足を止めたとしよう。いい眺めだなあ。白鷺(しらさぎ)がいるぞ。鳥はいいなあ。あんなふうにオレも空を飛びたいなあ。ウン、地球の環境を大切にしなきゃいけないな。
などとあなたが思ったとする。そこへいきなり、後ろから押さえつけてくる者がいて、
『ダメです、飛んではいけません! 人の命は地球よりも大切なんだーっ!』
『わっ、おい、ちょっと。なんだよあんた』
『早まってはいけません。あなたの命は親にもらったものなんです!』
『ってバカ野郎。離せ、離せよ』
『そうです話し合いましょう! 話せばきっとわかるはずです!』
『そのハナセじゃねえ!』
〈殺人予知能力者〉などというものがなぜどうして生まれたか、その解明はされていないが、『ウイルスが介在しているのではないか』という説がある。最初に生まれた百人ほどの能力者らが、『風邪を引いたら妙な力が身に付いていた』と語っているというだけが根拠の話で、科学的な裏付けなどまったくなんにもないのだが、とにかくそれは西暦2020年代のあるときを境に、世界で同時多発的に現れた。
さて、あなたが道を歩いて、自殺しようとする人を見つけたとしたらどうだろう。『早まったことをしちゃいけない』と止める者もいるだろう。『死にたいやつは死ねばいい』とほっとく者もいるだろう。では、もしあなたがある日突然、殺人予知能力者なんてものになってしまったらどうだろう。あなたが〈瞼に視て〉しまうのは、その人が望んでいない不慮の死だ。それも、恐ろしい状況の悲劇。
どうだろう。できるなら、あなたはそれを止めたいと思うのではないだろうか。止めずにおいて後で残された遺族に出会い、それが悲嘆に暮れているのを見たら、考えるしかないのじゃないか。『これでは自分が殺したも同じだ。次は何もしないわけにはいかない』と――。
どうだろう。果たしてそれは、殺人など滅多に起きぬ離島にでも行ってそこから出さえしなけりゃ解決する話だろうか。
初めに生まれた能力者の中には、まるでアメリカン・コミックのように、謎のヒーロー紛いの行動を取る者達が現れた。警察に告げたところで信じてくれるわけがないし、逆に自分が疑われることになりかねない。それでも殺しは止めなければならぬとなれば、もう自分でやるしかない。
彼らな変なコスチュームも着なければ、予知以外に超人的な力があるわけでもなかった。そのため大ケガすることや、救けた人から誤解を受けることもあった。
そして中には銃を持ち、処刑人のような行動に出る者も……。どう見ても武装強盗するはずだったとしか思えない数人組のチンピラが何者かに射殺され、撃った人物は素早く現場を立ち去っている、といった事件がいくつか未解決になっていて、それらは初期の殺人予知者の仕業だろうと言われている。
そのうち台湾の馮秋玉などが名を知られ、世界中に同じ力を持つ人間がいるらしいとわかってくると、彼らの中には公然と人救けを行う者も出始めた。人権論者は『こいつらこそ許せない。殺人者を自由にして能力者を檻に入れろ。死ぬまでだ!』と喚きたてた。
困ったのは警察だ。いや、それにも困ったのだが、実はいちばん困ったのはちょっと別の問題だった。市民によるイタズラ通報――能力者でもなんでもないのに『殺人を予知しました』と電話してくるタワケモンが続出することになったのだ。その対応が最大の悪夢という始末になった。
これを解決するのには、きちんとした制度を立ち上げ、認定された能力者による整備された殺人未然阻止システムを作る他に道はない――いや、もうひとつ方法があったが、それは問題外だった。
最高の頭脳が集められ、世界的な共同の下(もと)に、プロジェクトが始動した。それはあまりにも大きな船で、舵取りさえ困難だったが、スクリューを逆にまわそうとする者はなかった。
だが、抵抗も大きかった。船は機雷と氷山と、大嵐と大ダコと、対艦ミサイルを翼の下にズラズラ並べた攻撃機の猛襲に遭った。
人権団体は溶岩のように街を行進して叫んだ。そのシステムは完璧なのか。違うのならば認めない。もし欠陥が、ひとつでも、どんなささいなものでもあれば即刻に、プロジェクトを中止せよ。冤罪を生む可能性がほんのわずかでもあるならば、そんな制度は存在してはならないのだから――。
これに対して、世界最高の天才達はアッサリ応えた。いいえまったく完璧なシステムなんか作れませんね。システムはおよそ不完全なものになり、ひとつどころか、数え切れないほどに多くの問題を抱えることになるでしょう。冤罪さえときに起こるかもしれません。
それでも続ける。プロジェクトの中止はない。理由はだって『できないから』と言い切る言葉に、反対派は激怒した。『できない』とはなんだ、ふざけるな! 中止だ廃止だ即やめろ。どうです皆さん、これぞまさしく非道の極みではないですか。この連中はファシストなんだ。ナチだ。ヤクザだ。シオニストだ。
とにかくそんなのの同類だ。罪なき人に石を投げる私刑を許しておいてはならない。我々の手で、この悪魔の計画を中止させようではありませんか!
あっそうですか。と、プロジェクトの推進派は平然と言った。なるほど、お怒りはもっともですね。けど、『中止』ってどうやるんです? 方法はたったひとつしかありませんよ。
殺人予知者をひとり残らず抹殺するか、どこか僻地か離島などに強制移住させるんです。彼らはそこから二度と出ることは許されない。子は親と、妻は夫と永久に引き離されることになる。
あのマイノリポーって映画のラストで描かれるように……彼らには、テレビや新聞、見せるわけにはいきませんよね。外部の情報は一切遮断。せいぜい手紙くらいでしょうが、それだって厳しく検閲することになる。
テレビが観れないどころじゃなく、自由や娯楽はおそろしく制限されることでしょう。紐を渡せば首を吊るに決まっているから縄跳びなんかさせられない。島に住んでも海には近付くのもダーメっと。
ああそれから、男女は当然、別々の収容所に入れなければなりませんね。彼らに子供を作らすわけにはいきませんもの……能力が遺伝するしないに関わらず。
子が生まれても島にいたら未来はないんだ。取り上げるしかないでしょう。それとも不妊手術でもするか、妊娠したら堕胎するかになりますね。
そうするしかないのだから、そうするしかないのです。これ、本当にやるんですか。あなたがもし殺人予知者になったとして、喜んでそんなところへ行くわけですか。家族や友がそんなところへ送られて、あなたは平気でいられるのですか。
作品名:コート・イン・ジ・アクト3 少数報告 作家名:島田信之